第61話 SPEED

「昨日、テレビで平成のヒットソング特番やってたんですけど、見ました?」


 詰め将棋に飽きたのか、歩美がスマホをポケットに仕舞って、将棋盤を覗き込んでくる。


「あー、七時からやってたやつ?見たり、見なかったりだったな」


 恭介が自信のある手つきで凛太郎の陣内に飛車を成りこませる。


「奥川先輩は?」

「ごめん。僕は見てない」


 凛太郎はあまりテレビを見ない。

 見ていると、恋愛や性に関する話題が不意に出てきて、その都度麻実がちょっかいを掛けてくるのが鬱陶しいから、段々見なくなった。


「じゃあ、SPEEDって知ってます?歌って踊る女性四人のグループだったんですけど」

「聞いたことあるな。昨日出てたっけ?」

「出てましたよ。SPEEDってデビューの時、ボーカルの人、小学生だったんですって。それなのに何百万枚もCDを売り上げて、すごいなぁって思って」


 凛太郎は玉を竜王から遠ざけて、しっかり囲いながら「才能があったんだろうね」と当り障りのない感想を返す。


「歌が上手なんですよ。声量があって、声に伸びもあって。それに見た目も可愛いし」

「なんか、ずるいな」


 俺は不細工だし、太ってるし、取り立てて才能もないし、というひがみが恭介の声に滲んでいる。


 恭介の言いたいことはすごく理解できる。

 だけど、きっとSPEEDのメンバーは想像もできない努力と苦労を重ねたんだろうということも凛太郎は思う。

 凛太郎は、人前で歌を歌い、踊りを披露するなんて恥かしくてとてもできないし、その練習でさえきっと苦痛でしかない。


「だけど、けっこう際どいんですよ」


 歩美は何やら楽しそうにスマホを取り出し、調べものを始めた。「この歌詞見てくださいよ。これを当時、小中学生が歌ってたんです」


 歩美が見せたスマホの画面には「Body & Soul」とタイトルのある歌詞が表示されている。

 歩美が指を差したところにはこうあった。

 


 甘い恋のかけひきは

 言葉だけじゃ足りないから

 痛いこととか怖がらないで

 もっと奥まで行こうよ

 いっしょに



「おっと」


 恭介はそれだけ言って、口元に手を当てた。

 きっとニヤつく唇を隠すためだ。


 凛太郎は顔が赤らんでいることを自覚して、硬直したまま動けない。


「これって処女喪失の歌なんですかね。当時、問題にならなかったのかな」


 歩美は性的な内容でもいつもあっけらかんと口にするが、受け止める方は女子からの言葉が一々ズシンズシンと衝撃で、しばらく麻痺する。


「だ、だったら、俺はもっとすごいの知ってるよ」


 恭介が反撃なのか話題転換なのか、自分のスマホを取り出した。「これ、見てよ」


 そこには「セーラー服を脱がさないで」とド直球のタイトルがあった。


「こ、これは……」


 さすがの歩美も驚きを隠せないようだ。


「これ、おニャン子クラブっていうSPEEDよりも大分前の、当時、十代の女性アイドルグループの歌なんだけど、この曲が大ヒットして国民的アイドルになったみたいだよ」

「へぇ」


 歩美は大きく目を開いて、真剣勝負で将棋を指すときと同じぐらいの食い入り方で画面を見つめている。「エッチをしたいけど、全てをあげてしまうのはもったいないから……あげない。……こんなこと未成年のアイドルが言っていいんですか?」


「二番はもっと強烈だよ」

「えぇ?」


 歩美は肉の塊を前に「待て」をされている犬のように、恭介がスクロールする画面を熱く見つめた。「パパやママは知らないの、明日の外泊。ちょっぴり恐いけど、バージンじゃつまらない。……これって」


「SPEEDより、よっぽど、でしょ?」

「参りました」


 歩美が将棋で負けたときよりも深く頭を下げた。

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