第55話 隠し撮り ~恭介の家にて

「将棋部では何をやるの?」


 すべては永田さんのこの質問から始まった。


 しかし、内容が漠然とし過ぎていて、恭介、凛太郎、歩美の三人は「何をって、何?」と見つめ合った。

 恭介が代表する格好で恐る恐る確認すると、文化祭の出し物のことだった。

 永田さんは「まだ決まっていないならさぁ」ときっと決まっていないことを見越して、少し芝居っぽく大仰に一つの提案を始めた。


 そして今、永田さんを含めた将棋部は恭介の家に集まっている。

 おでんの具材を手に。


 おでんは永田さんの最も好きな食べ物なのだそうだ。

 食べきれないぐらいにおでんを作ってみたい。

 コンビニにあるようなおでん鍋でおでんを作ってみたい。

 この永田さんの夢はクラスやテニス部では「暑いのにおでんはないわ」、「準備が面倒」、「コンビニでバイトすれば?」と一蹴されてしまい、その雪辱を将棋部で晴らすということらしい。


 将棋部にとって文化祭は異国のお祭りぐらいに遠い存在で、当然のように毎年参加することはなく、従って自分たちが出し物をするという発想が全くなかった。

 しかし、永田さんが将棋部の一員として活動してくれるという想像は歩美も含めた全員にとって鼻血もので、永田さんがやりたいことに反対意見など出ようもなかった。


「飛島先輩の家って、お金持ちなんですね」


 歩美が遊園地に来たようなピカピカの表情で、高級マンションのモデルルームのようなリビングを見渡した。


「こんな広いキッチン初めて見た」


 永田さんもシンクの前に立って少し興奮気味だ。


「好きなように使ってくれていいよ」


 ソファに座る恭介が自慢げにふんぞり返っているように見えるのは気のせいだろうか。


「じゃあ、私と歩美でとりあえず作ってみるね」


 そう言って永田さんが鞄から取り出したのはエプロンだった。

 首からかけて腰で縛るタイプの淡いピンクのエプロンで、歩美も使って、と同じエプロンをもう一つ用意していた。


「いいの?」


 歩美はお揃いのエプロンをして永田さんと料理ができることにニタニタが止められない。


 ヘアゴムを口にくわえながら、エプロンの腰ひもを縛り、そして長い髪を後ろで束ねる。

 永田さんのその一連の仕草がため息が出るぐらいに美しい。


 凛太郎は恭介の横に腰かけて、キッチンの様子を見つめた。

 永田さんのエプロン姿は超貴重だ。

 網膜にしっかり焼き付けたい。 


 恭介も気持ちは同じようで、瞬きもしない。


「男子二人は模擬店を出す部室のレイアウトを考えてて。それから部室で調理するのに何が必要で、幾らかかるか見積もりもお願いね」


 永田さんは腕まくりをして手を洗いながら指示を出してくる。

 永田さんと結婚したら、こんな感じなんだろうな、という妄想が止められない。「分かった?」


「はい!」


 ぼけっとしているのをちょっと叱られたような感じだったが、それもまた永田さんだと嬉しい。


 しかし、本気で怒られるのは嫌なので凛太郎と恭介も動き出した。


 恭介がどこかからタブレットと白い紙、鉛筆を持ってきた。


 凛太郎が紙に部室の大まかなレイアウトを書いていると、恭介は「おでん鍋ってどこかで借りれるのかな」と呟きながらタブレットを操作する。

 しかし、タブレットにはすぐそばのキッチンの様子が映し出された。


「え?」


 恭介が小さく「シッ」と言う。


「こんなチャンス、もう二度とないかもしれない」


 どことなく追い詰められたような真剣な表情で恭介は永田さんの様子を動画に収めだした。


 凛太郎はこくりと頷いた。

 恭介の言うとおりだと思った。

 鉛筆を動かしながら、タブレットに目をやると、エプロン姿の永田さんがそこにいて、釘付けになってしまう。

 ゲスな行動だとは思うが、これからこのタブレットでいつでもどこでも何度でも永田さんのエプロン姿を見ることができるかと思うと、心が躍る。

 が、その時、タブレットに映る永田さんが不審げにこちらを見た。


「ど、どこに机、置いたら良いと思う?」


 凛太郎は助け舟のつもりで、恭介に問いかける。恭介がサッと撮影を中止して、「そうだなぁ」と紙を覗き込む。


「やっべぇ」


 ばれたかな、怪しまれたよね、と恭介が表情を暗くする。


「とにかく、これ以上は危険」

「うん。後で、あの動画、おすそ分けするよ」


 その時、近くでブーンと振動する音がした。

 恭介がズボンからスマホを取り出し画面を確認すると、スッとそれを凛太郎に見せてきた。

 LINEが表示されている。


 それ、私にも送ってくださいね。


 送り主は歩美。

 ハッと顔を上げると、歩美がスマホを持ってずる賢い猫のような目でこちらを見ていた。

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