第51話 穴
対戦相手の歩美が「ちょっと、トイレに」と言って部室から出て行くと、恭介が手持無沙汰な感じで駒を弄びながら、ぼそっと「俺、今回の席替えで一番後ろの席になったんだよね」と呟いた。
「そう言えば、そうだね」
凛太郎はスマホの詰め将棋の画面を見ながら気のない返事をした。
「一番後ろからクラスを見てて、よく思うんだけど……」
「ん?」
「今、このクラスには十六人の女子がいる」
「そうだね」
「つまり、ここには十六の穴がある」
「そんなこと考えてるの?」
凛太郎は思わず笑ってしまう。
「たろちゃんは考えたことない?」
「ない、なぁ」
「嘘だぁ。道路で歩いていて、女性とすれ違う度に、ああ、また穴とすれ違ったな、って思わないの?」
「穴、とは思わないよ。きれいだな、とか、可愛いなとかは思うときもあるけど」
「きれいとか汚いとかは見た目の問題じゃん。俺はもっと物事の根本のことを考えてるわけ」
「汚いとは言ってないけどね……」
「全ての女には穴がある。それが真理ってもんじゃん」
恭介は腕組みをして偉そうに言う。
こういう風に偉そうに言われると、反論したくなる。
「だったら、男にだって鼻と耳と口とお尻に穴はあるよ」
「確かに、男にも穴はある。六つかな。でも、重要なのは女の方が穴が一つ多いということ。そして男には棒が一本備わっているということ。これがこの世界の真理だね。この二つの真理が交わって人類は命の営みを悠久に紡いできたわけだよ」
「穴だったら、毛穴だってある」
「毛穴か。毛穴って一人の人間にどれぐらいあるんだろうね」
「大体五百万個」
「五百万!じゃあ、俺はこれから女子とすれ違う度に、今、五百万と七の穴とすれ違ったな、って思うことにするわ」
「ご自由に」
好きにすれば良い。
スマホの画面から一度も顔を起こす必要のない、まさに無駄話だった。
「もうすぐ五百万と七の穴が帰ってくる」
恭介がそう言うと、すぐにドアが開いて「はー。すっきりした」と無邪気な笑顔の歩美が入ってきた。
「五百万と七の穴」という言葉が凛太郎の頭にリフレインして、耳が熱くなるのを感じた。
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