第45話 三つの選択肢 ~恭介の部屋にて
恭介はベッドの上でピタッと全身を硬直させて沈黙した。
「ねぇ、恭介君。お菓子とジュース、持ってきたんだけど」
それでも、恭介は何も返事をしない。
空気が張りつめる。
呼吸もままならないくらいに。
ドアの向こうからこちらの様子を窺っているのがありありと分かる。
そして微かにドアノブに手がかかったような音がした。
「要らない!」
恭介はピシャっと取り付く島もない対応だ。
ドアの向こうではスリッパの音が少しずつ小さくなっていく。
恭介が、はぁー、と全身が萎んでしまいそうなほどのため息をつく。
恭介の態度は冷たいとは思うものの、自分が同じ立場になったら同じことをしただろうと凛太郎は思った。
慣れていないホイッスルのようなものだ。
適度な加減が分からず、どこか力んでしまって耳に突き刺さるような音が出てしまう。
「あの動画」
凛太郎は話題を振ってみた。
「ん?」
「証拠として隠し撮りしたの?」
「違う」
恭介はベッドにだらんと全身を委ねた。「好きな人の日常を知りたくてセットしておいたら、あれが映ってたんだよ」
隠し撮りなんか気持ち悪いと思ったでしょ、と訊かれて、答えられなかった。
気持ち悪いとは思わない。
だけど、正しいこととは言えない。
「恭介君があの人のことを本当に好きなんだってことは分かったよ」
「父親が連れてきた、俺と十歳しか違わない女を母親として見るなんて不可能だし、照れずに自然な会話することも無理。好きだって言えれば、少しは楽なのかもしれないけど、そんなことできっこない。なのにどうしようもなく好きになっちゃったんだから、もう盗撮してこっそり『いいわぁ、かわいいわぁ』って楽しむしかないじゃん」
「……そうなのかもね」
本気で人を好きになったら、そういうものかもしれない。
「しっかし、男を家に呼び込むかね」
AVじゃないんだからさ、と言いながら恭介はベッドの上に座り、思いつめた顔で凛太郎を見た。「俺、どうするべきだと思う?」
「どうするべきって?」
「だから、あの動画をどう扱うかってこと」
「動画に続きはあるの?」
「そりゃ、あるよ」
ばっちり最後まで、と言う恭介の笑顔は今までで一番悲しそうだった。
「ごめん。変なこと訊いちゃって」
恭介はコーラを一気飲みして、空いたペットボトルをゴミ箱に放り投げた。
こちらをジトッと見つめてくる恭介は追い詰められた野良猫のような怯えた目をしていた。
「選択肢は三つだと思うんだよね」
恭介が指を三本立てる。
「三つもある?」
「ちょっと、たろちゃん、想像力が足りないんじゃない?俺は四つから何とか三つに絞ったんだよ」
「想像と言うか、妄想と言うか、その力は確かに恭介君には敵わないよ」
「それって、俺のことを病的エロ妄想癖の持ち主だって馬鹿にしてるってこと?」
「馬鹿にはしてないけど、重度の妄想癖の持ち主だとは思ってる」
凛太郎がわざとあけすけに言うと、恭介は「たろちゃんらしからぬ問題発言」とニヤリと片方の口角を上げた。
「まず一つ目は、俺がこのまま黙って、何事もなかったようにふるまう」
「それだと、これからもあの二人はリビングでするね」
凛太郎の指摘に、恭介は「やっぱそうだよな」とがっくり項垂れた。
「二つ目は、父親に洗いざらいぶちまける」
「修羅場になるね。恭介君はあの人と離ればなれになっちゃうかも」
「それも辛いわぁ。やっぱり三つ目しかないかな」
二つ目までは想像できた。
三つ目が全然想像できない。
「三つ目ってある?何するの?」
「あの動画をネタに、揺すって、あの人を俺の思い通りにする……」
「さすがだね。そういうのAVでありそう」
「そうなったら、俺、あんなきれいな人で童貞卒業だな。残念だけど、もう、童貞ミーティングも開けないわ」
フフッと笑ったかと思うと、恭介は「あーあ」とまたベッドに寝転がった。
そんなことできるはずがない。
それができるような性格なら、普段から女子と話すことに緊張などしないだろうし、まだ高校生の段階で一生童貞という烙印を自分に押すこともない。
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