第43話 TKK ~恭介のマンションにて

 スマホの地図アプリを使いながら歩くと、恭介の指定した場所にすぐに到着した。


 少し予想はしていたが、それはそれは、周囲を圧倒するような立派なマンションだった。

 敷地の中に公園のような芝生とベンチのスペースがある。

 建物にはどっしりとした重厚感があり、エントランスの自動ドアでさえ開く際の滑らかさが高級感を漂わせる。


 学生服姿の凛太郎を不審に思うのだろう。

 ぴったりとくっついてくる管理人の視線がどうにも居心地が悪い。

 本来なら授業を受けている時間だもんな。


 エントランスホールを素早く横切り、壁に備え付けてある操作盤で部屋番号を押す。

 ピンポーンと明るい音が甲高く響いて、ふと本当にこれは恭介の家なのかという疑問が頭に湧き上がる。

 LINEのメッセージでは間違いなくこの部屋番号が示されているが、恭介の家とは一言も書かれていない。

 万が一、飛島家の人ではない人が出たらどうしよう。


「あれ?たろちゃん!授業どうしたの?まあ、入って、入って」


 操作盤から聞こえてきたのは紛れもなく恭介の声で、しかもその声は拍子抜けするほどいつも通りだ。

 凛太郎は安心して、すぐ脇で開いた自動ドアの中に駆け込んだ。


 玄関で出迎えてくれた普段着の恭介は、当然かもしれないが学校で見るときよりもリラックスしている感じがあった。

 どこか吹っ切れたような素の笑顔だ。


「たろちゃん。まだ授業中でしょ?」


「まあ、そうだけど。気になって、落ち着かなくって」


「何と!たろちゃんらしからぬことをさせてしまった」


 無理させてごめん、と頭を掻いて謝る恭介を凛太郎はしげしげと見つめた。


「元気そうで良かった」


「いやいや。全然、元気じゃないよ」


 恭介は恥ずかしそうに凛太郎に背を向け、「入って」と廊下を歩いていった。


「すごく立派なマンションだね」


「うーん。まあ、そうかもね」


 否定しないところが恭介らしい。凛太郎のマンションと比べると明らかに豪奢なのに、「そんなことないよ」と言われたら、鼻についただろう。


「恭介君のお父さんって……」


「TKK」


「何?」


「多忙な公認会計士」


 なるほど、と凛太郎は頷いた。

 公認会計士試験は日本三大難関試験の一つと聞いたことがある。

 それだけに報酬額もすごいということも。


 家の中には他に誰もいないようだった。

 リビングで待つ凛太郎に、恭介はキッチンから両手にオレンジジュースの入ったコップを持ってきた。


 勧められるままに、リュックを床に置き、ソファに座って、ジュースを飲む。

 飲みながら、胸に何かおかしいぞと思う気持ちが少しずつ湧き起こってきた。

 やがて一つの映像が目の前の景色と一致した瞬間、思わず立ち上がっていた。


「ここって……」


 その時、玄関のドアが開いた音がした。

 やがて、スリッパの音がして現れたのは、どこか見覚えのある女性だった。

 「あっ!」と声を上げそうになるのを必死に堪える。

 彼女はあの動画に映っていた女性だった。


「あら、恭介君。お友達?」


「こ、こ……」


 こんにちは、の挨拶が口から出てこない。


 いつまでも「こんにちは」の「こ」の先が言えない凛太郎に、女性は不思議がっているみたいだ。


「えっと、あの……」


 女性が何か言いかけたとき、恭介が凛太郎の腕を掴んだ。


「俺の部屋に行こう」


 恭介の言葉がごつごつと硬い。

 恭介は凛太郎の腕を掴み、強引に廊下の方へ引っ張った。

 されるがままの凛太郎は女性の横を通り過ぎるとき、軽くお辞儀をするのが精いっぱいだった。

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