第42話 仮病 ~学校にて

 次の日、恭介はまた学校を休んだ。

 これで三日連続だ。


 本当にどうしたのだろう。

 主がいない状態が続く恭介の机を見ていると、このまま放っておいてはいけない気がしてくる。

 恭介の身に何が起きているのか。

 自分は何をすべきなのか。

 何ができるのか。

 凛太郎は居ても立ってもいられない思いだった。


「奥川。俺の授業がそんなにつまらないのか」


 気づけばすぐ傍に立っていた国語の教師に冷たい目で見下ろされていた。


 それで自分が机の上で開いていたのは、前の授業の英語の教科書だと気付く。


 すぐに平身低頭謝罪したが、無駄だった。


 お前の母国語は英語なんだな、と嫌味を言われ、クラスメイトに笑われ、凛太郎は身の置き場のない気分だった。


 動画見たよ。


 昼休みになって、すぐにLINEでメッセージを送ると、恭介から画像が送られてきた。

 地図だった。

 中心部分にマークがある。

 そこは学校から東に八百メートルぐらいの住宅地を示していた。


 ここに来いということだろうか、と思っていたら、さらに恭介からメッセージが届いた。

 マンションの名前と号室。

 間違いない。

 ここは恭介の家。

 家に来てくれということなのだ。


 凛太郎はホッとした。

 とりあえず恭介の、極端に言えば、生存を確認できた。

 そして、彼は凛太郎と話をしたいという気持ちも持ってくれているようだ。

 何があったかは分からないが、会えば少なくとも恭介の様子を知ることができる。

 病気なのか、体は元気だけど精神的に苦しんでいるのか。

 それとももっと他に学校に来られない理由があるのか。

 せっかく楽しくなってきた高校生活が、恭介と会えない日が続くことで、どんどん色あせてきていた。

 とにかく恭介に会いたい。

 そう思ったら、うずうずしてきて止まらない。

 昼休みの間に早退してしまおうか。

 そんな大それたことはしたことがないし、明日からクラスメイトの視線が痛いだろう。

 でも、恭介が待っている。


 凛太郎は歩美に体調不良で帰るとLINEでメッセージを送った。

 そして静かにリュックに荷物を詰め込み、目立たないようにゆっくりと席から立ちあがる。


「奥川君」


「?」


 声を振り返ると、すぐそばに永田さんがいて、凛太郎は全身が凍ってしまったかのように動けなくなる。

 また、ふわっとあの永田さんの匂いが鼻腔をかすめて、気が遠くなりそうになる。


「今日ってさ、放課後、……するの?」


 永田さんは胸の前で小さく天井を指差す。


 ダメだ。

 分かっている。

 この「する」は「将棋を指す」の意味だ。

 その証拠に外は雨が降り出していて、運動部の連中が「部活ないし、どこ行く?」と話し合っている。

 将棋部の部室は教室の上階にある。

 しかし、至近距離の上目遣いで永田さんに「するの?」と訊かれると、他に誰もいない部室で永田さんと濃密に絡み合うことを想像してしまう。


「今日は……」

 凛太郎は、リュックを抱えた腕に力を込める。

 永田さんと一局打ちたい。

 そうは思ったが、苦しんでいる恭介を一分、一秒待たせたくない。

 それに、またコテンパンにやられて熱がぶり返すかもしれない。「ごめんなさい」


 頭を下げるや否や、永田さんが口を開く前に凛太郎は走り出していた。


「奥川君!」


 凛太郎は振り返らなかった。

 永田さんの誘いを断るなんて、自分でも驚きだ。

 だけど、動き出したら止まれない。

 一旦止まったら、恭介のところまではたどり着けない。


 凛太郎は周囲の視線を集めない程度ながらも、小走りで廊下を駆け抜け、階段を下り、靴を履き替えて、学校の外へ出た。


 傘をさすとホッとする。

 傘は周りの視線から守ってくれる。

 雨は自分が立てる音を消してくれる。

 背後で昼休み終了のチャイムが鳴っている。

 授業中に一人で学校の外を歩くなんて、初めてのことだ。

 凛太郎は猫背気味にすっぽりと傘に顔を隠し、先を急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る