第41話 不完全燃焼 ~凛太郎の部屋にて

 土日を挟んで、月曜日も恭介は学校を休んだ。

 一時間目の後に「やっぱり体調悪いの?」と送ったLINEは昼休みには既読になっていたが、返事はなかった。

 放課後になっても状況は同じ。

 既読は付けたが返事をしないということが、恭介の何らかの意思表示なのだろうか。


 あれこれと考え事をしながら歩美と将棋を指していても勝てるはずがない。


「心ここにあらず、ですね」


「あ、ごめん。そういうわけじゃ……」


「飛島先輩のことですか?」


「んー。恭介君、どうしてるかなってのはあるかな」


 今頃、彼はどこで何をしているのだろう。

 体調不良で家で大人しく寝ているのなら、心配はしない。

 しかし、学校を休んでいる理由は体調の問題ではないような気がするのだ。


「子どもじゃないんだから、体調悪ければ薬飲んで寝てますって」


 もう一局やりますよ、と促され、渋々手を動かす。

 しかし、何度やっても集中できず、ぼろ負けが続き、歩美は「全然ダメですね」と呆れたように駒を片づけた。


 歩美と将棋をしながら気になっていたのは、やはりあの動画だ。

 学校を休んだのに、わざわざ家まで持ってきたタブレット。

 そこに収まっていた盗撮動画。

 LINEで体調を訊ねたが、いつまで経っても恭介から返事がないのは、恭介が求めているメッセージを送れていないからなのかもしれない。


 帰宅後、凛太郎はまた家族が寝静まる時間まで待った。

 今回は念には念を入れて足音を忍ばせ、麻実の部屋の前まで行き、中の様子を窺った。

 物音は聞こえない。

 ドアの隙間から廊下に明かりは漏れてきていない。

 麻実は寝ていると思って間違いない。


 そっと部屋に戻り、タブレットの電源を入れる。


 少し緊張していた。

 昨日とは心の持ちようが違う。

 昨日はエロ動画を見て、四丸をするという性欲処理を目的とした行動だった。

 だけど、今日は恭介からのメッセージを読み解くために、最終的にはそのメッセージに対して、どういう言葉を返すかを考えるために動画を観るという気持ちだ。

 それはまるで刑事のように証拠の品の細部に注意を払って、犯人の動機を探るような行為だ。

 だから絶対にズボンを下ろすようなことはしない。


 イヤホンを耳に差し、動画を再生する。

 リビングの映像。

 現れた一組のカップル。

 そして、ソファでのイチャイチャ開始。

 ここまでは昨日確認したとおりだ。この先に何が待っているのか。


「問題はこの先よね」


 いつの間にか自分の顔のすぐ横に麻実の顔があって、凛太郎は驚きでひっくり返りそうになる。

 「うわぁ」という声は麻実に口を手で覆われたことで、低くくぐもった。


「ちょっと、何で……」


「いいから、ほら。ここからが重要でしょ?」


 パジャマ姿の麻実はタブレットに向かって顎を振る。


 画面では男の手が女の服の中でうごめいている。

 男の肩越しに見える女の顔に抵抗の色はなく、全てを委ねているような表情だ。


「勝手に入ってこないでって言ってるだろ」


 画面を見ながら少し怒って見せたが、凛太郎はもう諦めていた。

 動画は一つの資料として観ていたので、昨日ほどの後ろめたさと衝撃はない。


「凛ちゃんがわざわざ私の部屋まで誘いに来たんじゃない」


 麻実の部屋の様子を探りに行った自分の行動が仇になったことを知り、返す言葉が見当たらない。


 画面の中では女の薄紫色のブラジャーが露わになっていた。

 が、女の胸の前に男の頭が移動してきて隠れてしまう。

 男の手の動きと、女ののけぞるような反応から、そこで何が行われているか想像されて、少し扇情的だ。


「頭が邪魔ね」


 麻実が舌打ちする。


 凛太郎も同感ではあったが、恥かしくて同調はできなかった。


 男は顔を胸元から移動させ、再び女と口づけを交わす。

 その間も男の体で女の乳房は見えない。

 激しく女に吸い付きながら、男は下ろした手をスカートの中の膝の間に差し込む。

 女は喘ぐように男から口を離し、小さく押し殺したような声を上げた。

 スカートがたくし上げられ、下着が露わになりそうになる。


 隣の麻実がつばを飲み込んだ音が妙に大きく聞こえた。


 その時、動画はブツッと終了した。


「あ!」「え?」


 麻実と凛太郎は同じような声を出し、顔を見合わせた。


「どういうこと?」


 動画をもう一度再生させると、最初から始まった。

 早送りすると、やはり同じところでブツッと終わってしまう。


「これでおしまい、みたい」


「はぁ?何でよ?」


 麻実が不機嫌さをあらわに眉間に皺を寄せる。


「知らないよ。俺のじゃないんだから」


「こんなの嫌がらせじゃない。恭介君、趣味悪」


 それは同感だ。

 これからってところでの強制終了。

 盛り上がった気分はどうしてくれるのだ。

 凛太郎も四丸のために観ていてこれだったら、麻実と同じ顔をしていただろう。

 しかし、恭介がわざわざここで切っているのは、そのことに何か意味があるのではないか。


「ちょっと、凛ちゃん」


「ん?」


「どうしてくれるの?」


「何を?」


 麻実は自分の胸を手で揉みながら、「私のこのもやもやを、よ」と体を揺する。


「こんな状態で寝られないじゃない!」


「そんなこと言われても……」


「責任取ってもらうわよ」


 麻実は乳房に手をあてたまま近寄ってくる。


「そっちが勝手に入ってきたんじゃん」


 自分は悪くないとは思いつつも、麻実の迫力に圧されて凛太郎はずるずる後ずさりする。

 そして、ベッドに引っ掛かり、仰向けに倒れる。

 その凛太郎の上に麻実が覆いかぶさってきた。


「なんてね」


 ニッと笑顔を見せるや否や、麻実は「おやすみー」と部屋を出て行った。

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