第37話 歩美の告白 ~部室にて

「当り前じゃないですか。他に何の……。あっ」

 自分で卑猥なことを口にしていたことに思い至ったのか、歩美は目を見開いて口を手で押さえる。「と、とにかく、ここでしたんですよね、将棋」


 歩美はまさに一昨日永田さんと将棋を指していた机を手で叩く。


「したよ。将棋。ボコボコにやられたけどね」


 凛太郎は冷静さを取り戻し、何でそんなことを責められなければいけないのかと少し腹が立ってきて、挑発するように永田さんが座っていた椅子に腰を下ろす。


「そりゃそうですよ。久美ちゃんの実力はプロ並みですからね」


 歩美は挑戦的な視線を凛太郎にぶつけたまま、その向い側に座った。


「で?それがどうかした?」


「どうかした?じゃないですよ。私の久美ちゃんと勝手に将棋しないでください」


「いやいや。どうして永田さんと将棋をするのに遠藤さんの許可がいるの?今回だって、永田さんに求められたから、しただけで、こっちから頼んでやってもらったわけじゃないし」


「した、とか、やってもらった、とか、いやらしい言い方はやめてください。とにかく、私に隠れてこそこそやらないでください。今度やる時は必ず私に連絡ください」


 歩美はスマホを取り出して、凛太郎とLINEの交換を強要した。


 どっちがいやらしい言い方をしているのか、と文句を言いたくなる。

 全てが歩美の言いがかりだ。


「永田さんのことが好きなんだね」


 スマホを仕舞いながら少し馬鹿にするように言ってやった。

 周りが見えていないよ、と。好きになるのは自由だけれど、その気持ちが強すぎて誰かに迷惑をかけ、その結果永田さんから歩美が疎まれるようなことになったら本末転倒だろ、という気持ちを言外に込めて凛太郎は口の端を歪めた。


「ええ。好きです。言っときますけど、単なる幼馴染として、なんかじゃないですよ。女性として久美ちゃんのことが大好きです。セックスしたいと思ってます」


 凛太郎は呆気にとられた。

 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 しかし、目の前で歩美が顔をみるみる赤らめ、「言っちゃった」とすごい勢いで机に顔を伏せたのを見て、また気が遠くなりそうなほど頭が熱くなった。

 三丸という言葉に置き換えるほどその言葉の強さを畏怖しているのに、女子高生の歩美から至近距離で直接聞かされて、凛太郎の心臓は破裂しそうに激しくのたうち回っている。


「じゃあ……」

 

 凛太郎の脳裏に浮かんだのは歩美が永田さんに行った「すりすり」だ。

 あの時は女子同士のスキンシップと理解していたが、歩美にとっては単に性的欲求に従って好きな女性の胸を触っていたということになるではないか。

 しかし、そうは思っても、歩美が突っ伏したまま肩を揺すっているのを見ていると何も言えなかった。

 泣いているのだろう。

 鼻水をすする音が聞こえてくる。


「先輩」


 声が潤んでいる。


「ん?」


「ごめんなさい。今、私が言ったこと、誰にも言わないでもらえますか?」


 頼まれなくても、こんなこと誰にも言えない。


「もちろん。言わないよ」


「飛島先輩にもですよ」


「分かってるって」


「約束ですよ」


 言うや否や、歩美は凛太郎と目を合わせることなく、立ち上がって部室から走り去って行った。


 疲れた。

 心身ともにくたくたで、また熱がぶり返しそうだ。

 そんな重い体を引きずるようにして帰り、家のドアを開くと、見覚えのある靴がそこにあった。

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