第36話 歩美の詰問 ~部室にて

 次の日の金曜日はすっかり体調が戻っていた。

 発熱が一日で収束したことに、改めて自分の女子免疫力のなさを痛感する。

 心のどこかでは本当の原因は別にあるのではないかと少し期待するところもあったのだが、丸一日だけの体調の乱高下はやはり永田さんショック以外に理由を求めるのは難しかった。


 その裏付けのように、朝、学校の下駄箱で永田さんとすれ違うと、それだけで発火しそうなほど全身が熱くなった。

 これはもはや恋かもしれないと思って、慄然りつぜんとする。

 恋なんてものはよく分からないけれど、こんな自分が永田さんを好きになっても報われるはずがないと、あえて永田さんを避けて過ごす一日となった。

 あえて避けると言っても、永田さんから声を掛けてくることはなく、互いに手を伸ばせば触れてしまうような距離に近づいてしまったことが一度だけあって、そのときに静かにスッと遠ざかるということをするだけだったが。


 前触れなく、今日は恭介の方が学校を休んでいた。

 LINEで「もしかしてうつった?(笑)」と、麻実ショックについて冗談めかしたが、いつまで経っても既読にならないまま放課後になった。


 今日は自重して早めに帰ろうとは思ったが、歩美に伝えなくては、と凛太郎は部室に向かった。

 これまでの間に歩美とメールなりLINEなりで連絡できるようにしておかなかったので、こういう場合には足を運ぶしかない。


 将棋は二人で行う。

 一人でもできることはあるが、それなら部室でなくてもできる。

 部員である歩美を部室に一人で待たせたままではかわいそうだ。

 そういう親切心で部室までやってきたのだが、窓外からこちらに視線を移した歩美の機嫌が明らかに悪いのを見て、凛太郎は嫌な予感しかなかった。

 ムスッとして、こちらを睨みつけてくるような視線。

 いつも陽気な歩美には珍しい、と言うか初めての表情だ。

 会う直前まで、こういう場合に備えて連絡先の交換を申し出ようかと思っていたが、凛太郎の脆弱な勇気は歩美の顔を見た瞬間にサラサラっと霧散した。


「久美ちゃんと、やったんですって?」


「や……」


 二の句が継げない。

 歩美に色気が皆無とは言え、女子高生に「やった」かどうかを訊かれて、凛太郎がうろたえないはずがない。

 「久美ちゃんと、やった」イコール「久美ちゃんと、セックスした」ということかと考えてしまうのは自分が不純だからだろうか。

 凛太郎は、セックス以外の「やる」にどんなものがあるか考えようとしたが、追い詰めるような歩美の視線にあぶられて全然思考が回らない。


「その様子だと、やったんですね」

 歩美は落胆のため息とともに、窓から下を見下ろした。

 今日は晴れているから永田さんはテニスコートで部活の真っ最中だろう。「久美ちゃんも久美ちゃんだわ。私のことは最近ほったらかしなのに、奥川先輩としちゃうなんて」


 カオスだ。

 自分は永田さんと三丸するはずがないし、歩美と永田さんの単なる幼馴染という単純なものとは違うことを察知して、頭から湯気が出そうだ。

 もしかしたら、二人はレズ同士で付き合っているのかもしれない。


「あの……」


「楽しかったですか?そりゃ、あんな美人とできたら楽しいに決まってますよね」


 詰問口調の歩美が一歩一歩近寄ってきて、逃げ出したくなる。

 永田さんとしたことは、将棋を一局打っただけで、しかもコテンパンにやられ、熱まで出たというのに。

 え?

 あ、そうか。


「それって将棋の話?」

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