第35話 やばい姉 ~凛太郎の部屋にて
「それにしても、お姉さんのこともっと知りたいな。スマホでこっそり写真撮っちゃおうかな。得意の隠し撮りしちゃおっかな」
「それ、犯罪」
「犯罪なの?何罪になるんだっけ?」
確かに盗撮罪という言葉は聞いたことがない気がする。
「何罪だろ。迷惑防止条例違反とかかな」
「何が、迷惑、なの?」
急にドアが開かれ、オレンジジュースの入ったグラス二つを盆に載せた麻実が部屋に入ってきた。
「うわっ!」
派手に驚いた恭介が飛び退り、狭い部屋の壁に後頭部をゴツンとぶつけて蹲る。
「姉ちゃん、ノックしてから入ってきてよ」
「ごめん、ごめん。それより、ちょっと、大丈夫?」
麻実が恭介の脇にしゃがみ込む。
恭介は「大丈夫っす」と素早くきっちり正座で座り直し、深々と下げた頭を起こさない。
きっと麻実が近くにいる限り、恥ずかしくて顔を上げることはないだろう。
「姉ちゃん、もういいから」
凛太郎は重い体に鞭打って立ち上がり、麻実を強引にドアまで連れて行く。
体がふらっとする。やっぱり熱はまだ下がり切っていないのかもしれない。「ジュースありがとう」
「そう?」
麻実は少し物足りなさそうな表情で、「何か欲しいものがあったら言ってね」と渋々部屋を出て行った。
すると、恭介は亀のように恐る恐る顔を上げ、麻実が部屋にいないことを確認すると、「やばいよ、たろちゃん」とすがりついてくる。
「やばいって。やっぱりあんなに可愛いお姉さんと一緒に暮らしてたら、絶対にムラムラしちゃうって」
「だから、家族をそんな風に見ないって」
凛太郎は再びベッドに寝転がった。
「そうかなぁ。俺なら見ちゃうけどなぁ……」
恭介は不服そうな声で凛太郎の勉強机の椅子に座る。「で、体調はどうなの?」
「熱は下がってきてるよ」
昨日の夜は三十九度近くあったが、昼に測ったときは三十七度台だった。
「それって少なからず、永田さんが影響してるよね」
その指摘は否定しようがなかった。
永田さんと将棋盤を挟んだ時から、凛太郎の体は普通ではなかった。
頭がカッカして、全身からダラダラと汗をかき、背筋はぞくぞくしていた。
読み間違いばかりだったことは記憶しているが、どういう手順で負けたのか覚えていない。
そして、永田さんが出て行った直後は一人で立ち上がれないぐらいに疲れ切っていた。
「我ながら情けないよ」
高校生にもなって、女子と将棋を指したぐらいで、この有様だ。
いくら永田さんが可愛いとは言え、ただのクラスメイトでしかないのに。
「いや。俺だって、永田さんとあんな近くでやりあったら、ぼろ雑巾になってると思うわ」
そう言いつつも、恭介はどこか納得していないようで、でも、と続けた。「あんなに可愛いお姉さんとずっと一緒に暮らしてるんだから、たろちゃんは女子に対してもっと免疫があってもいいのにね」
麻実に夜這いされた経験があるからこそ、女性と対峙すると困惑してしまうということもあるのだが、そんなことは誰にも言えない。
ジュースを飲み終えると、恭介は物音を立てず、素早く凛太郎の家を出て行った。
麻実に挨拶をしたい欲求と、言葉を交わすのは恥ずかしいという消極性とのはざまでしばらく悩んでいたが、結局顔を合わさないことを選択しての行動だった。
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