第34話 巨乳好きの苦しみ ~凛太郎の部屋にて
名前を呼ばれた気がした。
僅かに目を開き、部屋の薄暗さにハッと驚く。
窓の外は茜色。
もう夕方だ。
昼にゼリーを少し食べただけで、今日は一日寝て過ごしてしまった。
「凛ちゃん。お友達来たけど、どうする?」
ドアの向こうから麻実の声。
「友達?」
寝起きのかすれた声で問い返す。
体を起こすと、背中や胸元がべたべたしていて冷たかった。
随分汗をかいたようだ。
「眼鏡かけてる、ぽっちゃりの」
間違いない。恭介だ。
「すぐに着替えるから、玄関でちょっと待っててもらって」
「分かった」
麻実の足音が軽やかに遠ざかっていく。
凛太郎は簡単に着替えを済ませ、玄関に向かった。
朝より体に重さはない。
「あ。来た、来た」
振り返った麻実の向こうに恭介が、その場に突き刺さっているかのようにビシッと直立している。
緊張で肩に力が入っているのは、他人の家に来たからか、それとも麻実と二人きりだったからか。
「たろちゃん、大丈夫?」
大丈夫、と凛太郎が応える前に、麻実が「たろちゃん?」と嬉しそうに恭介を見る。
「凛ちゃんのこと、たろちゃんって呼んでるの?」
「あ、はい」
「へー。たろちゃんかぁ。なんか可愛いね。私もそう呼ぼっかな」
ね、と麻実に微笑みかけられて、恭介の顔がスパッと赤くなる。
これ以上麻実と会話をさせると、今度は恭介が熱を出してしまいそうだ。
「上がって、恭介君。狭いけど」
「いいの?俺、学校の課題プリント持ってきただけだから、もう帰るよ。熱、あるんでしょ?」
「いいの、いいの。さ、上がって」
麻実にポンポンと肩を叩かれ、恭介がビクッと全身を震わせる。
誰とでも距離感の近い麻実に絡まれると、女性免疫のない恭介がかわいそうだ。
自分がそうだから彼の消耗度合いは痛いほど分かる。
「熱は大丈夫だから」
強引に恭介を引っ張り、部屋に入る。
ドアを閉めると、フッと体から力が抜けて、自分の体を支えられずベッドになだれ込む。
「ねぇ。たろちゃん!」
興奮を抑えきれない様子の恭介が横になった凛太郎の腕を強く揺さぶる。「お姉さん、やっぱりすっごく可愛いね。巨乳だし。どストライクなんだけど。たまんねぇ。やばいわ」
やばい、やばいと連呼する恭介。こうも明確に姉への興味を示されると、血のつながった弟として単純に居たたまれない。
「落ち着いて。分かったから」
「あのお姉さんと一緒に暮らしてて、何とも思わないの?逆にすごいわ。超人なの?」
「僕は凡人だって。恭介君は巨乳だったら誰でも可愛く見えるんじゃないの?」
「あ。今、巨乳好きを蔑んだでしょ。たろちゃんは巨乳好きの辛さ、苦しさが分かってないね」
「何が辛いの?」
意味が分からない。
巨乳の女子を見て楽しんでいるだけじゃないか。
「たろちゃんみたいなノーマルの人はどんな女性でも恋愛対象として見ることができるんでしょ?俺たち巨乳好きはまず巨乳じゃないと好きになれないわけ。その分、恋愛対象のエリアが狭いってこと。これは悲しい現実だよ。Eカップからが巨乳だとしたら、女性の何割が巨乳だと思う?」
「そんなこと、考えたこともない」
「ある調査ではEカップ以上の女性の割合は二十五パーセント程度なんだ。つまり俺たち巨乳好きは女性の四人に三人は恋愛対象にはならないわけ。残りの一人に巨乳好きが群がるわけだから、そりゃもう過酷なのよ」
恭介がどこまで真面目に語っているのか、分からない。
「その過酷さが、彼女いない歴イコール年齢につながってると?」
「そうだよ。俺がノーマルな人間なら今頃彼女の一人や二人……」
「やめて。聞いてるこっちが悲しくなってくる」
そもそも、おくてで女子とろくに会話もできないのに彼女ができるはずがない。
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