第32話 じゃんけん童貞(その3)
「げんなりするかなぁ。俺はすごく興奮したけどな」
「恭介君、一人っ子じゃん」
軽い気持ちで、そう突っ込みを入れたが、恭介は少し遠くを見るような視線で妙な表情になった。
「姉ちゃんはいないけど、姉ちゃんみたいな人はいるよ」
「どういうこと?」
「去年、親父が再婚した若い奥さん。つまり、俺の義母ってこと」
「へぇ。お父さん、再婚したんだ」
凛太郎はそのことを初めて知った。
その姉のような存在の義理の母親のことを考えて、例の動画で恭介はすごく興奮したと……。
凛太郎はこの話題に触れるのが怖い気がして、話題を転換した。「遠藤さんのお父さんは、遠藤さんとお風呂に入ることをどう思ってるんだろうね」
転換した先の話題がこれだったことに自分でも驚いた。
凛太郎にとっては「すりすり」よりも、歩美と彼女の父親が今でも一緒に風呂に入っていることの方に強い衝撃を受けているのかもしれない。
「カメラとか仕込まなくても、堂々と裸を見られるんだからなぁ。興奮しちゃうかもな」
「それはまずいでしょ。娘の裸なんか、小さい頃から見慣れてるから、何とも思わないんじゃない?」
「そうかなぁ。遠藤さんの場合は、胸はまな板だけど、さすがに毛は生えてるんだろうし」
「毛……」
思わず歩美の股間を想像するが、性的興奮は一切ない。
あの少年のような容姿で股間だけが大人の女性でも違和感しかない。
「女子は成長が早いっていうから、鬼頭五冠の娘は十歳でも生えてるかもよ」
「なくはないけど」
「きっと、鬼頭の亀頭は湯舟の中で黙っちゃいないんだよ」
きっと、と、鬼頭、と、亀頭、とで韻を踏んだのだろう。
「それ、オヤジギャグかつ問題発言」
「DMでは全ての発言が許容されています」
「DM?」
「童貞ミーティングのことだよ」
コンコン。
ドアがノックされた。
驚異的な反応速度で恭介がタブレットをリュックに仕舞う。
凛太郎は盤上に並べた駒を見て、今さらとは思いながらも、一手目の飛車先の歩を突く。
コンコン。
再びドアがノックされる。
教頭先生?
歩美だろうか。
もしかして……。
人見知りの凛太郎は金縛りにあったように緊張で声が出ず、ただ俯くだけだった。
「はい。開いてますよ」
恭介は背後のドアに返事をしながら、角道を開けるための歩を突いた。
ドアが開いて、聞こえてきた「お邪魔しまーす」の声は女子のものだった。
しかも間違いなく聞き覚えがある。
が、歩美のものではない。
思わず、チラッと恭介の肩越しに声の主を見て「あっ」と固まる。
「え?」
恭介もドアを振り返って、そのままフリーズした。
「歩美は……いないね」
そう訊ねてくるのは、制服姿の永田さんだった。
部活がないから歩美に会いに来たのか。
「あ……、えっと……」
凛太郎は「いない」と答えるだけなのに、何故か喉の奥で言葉が渋滞してしまう。
辛うじて、恭介が「はい。いません」とかすれた声で答えた。
「そっか。今日ってそろばん塾の日だったか」
それで回れ右で帰るのかと思いきや、永田さんはどこか楽しそうにそのままドアを閉めて部屋の中に入ってきた。
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