第30話 じゃんけん童貞(その1)

 ミーティングの日に珍しく、恭介はエロ動画の話をせずに、ぼーっと窓の外を眺めていた。


「恭介君?」


 横に並び、恭介の視線の先を追うと、そこにはテニスコートがあった。

 しかし、今日は雨で、そこには誰もいない。


「はぁ」


「どうしたの?ため息なんか」


「あの日から、永田さんの姿が目に焼き付いたまま離れないんだよ」


 窓を背にして、恭介がドアを振り返る。


 あの日とは、歩美が部室のドアの前で永田さんの胸に顔を埋めた一昨日のことだろう。

 間違いない。

 だって、凛太郎もそれは同じなのだから。


 永田さんはテニス部。

 晴れていれば、あそこでラケットを振っているはずだ。

 しかも、太ももが露わなスコート姿で。


 あんな短い、しかも動けばひらひら揺れるスコートでテニスをするなんて、太ももを見てドキドキしても構わないわよ、と挑発されているようなものだ。

 しかし、まじまじ見つめていると気持ち悪がられるのだろう。

 見られるのが嫌なら、そんな刺激的な格好はしないでほしいと言いたい。

 と、同時に、少しでも見ていたいので、その魅力的なコスチュームを一分一秒でも長く続けてくださいとお願いしたい気持ちもある。

 そして実際は何も言わず、勇気を振り絞ってチラ見をする。

 それが童貞というものだ。


「今度は、テニスウェアの女の子が出てくるAVにしようかな。それとも、女子高生同士のレズものか」


「よっぽど、あの『すりすり』が衝撃だったんだね」


「たろちゃん、あれで抜いた?」


「え?」


「あの『すりすり』をおかずに四丸した?」


「いや、まあ、さすがにそれは……」


 同級生をおかずにオナニーに耽ったかと真正面から訊ねられても困る。

 確かに歩美がやらかした「すりすり」はそれなりにインパクトがあったが、永田さんを直視すること自体が恥ずかしくてまともに見ていなかったし、四丸に際して思い出すには同級生というのは生々し過ぎる。


「俺、丸一日で三回抜いたよ」


 恭介は、何かものすごい作業をやり遂げた後の燃え尽き感、あるいは気持ちの良い疲労感のような、そういう類の哀愁漂う微笑を見せる。


「一日で?三回も?」


「夜二回。朝一回」


「朝も?」


「それを二日間ね」


「は?この二日で六回ってこと?」

 それは驚きを通り越して、感動すらあった。「猿みたいだね」


「それは、ありがとう」


「いや。誉めたつもりはないけど」


「でも、ライオンは一日に五十回も交尾をするんだってよ。さすが百獣の王。猿の俺なんか、足元にも及ばない」


「ライオンと比べてもね……」


 凛太郎が呆れたように言うと、恭介はコホンと咳払いし、「それはさておき」と話題を戻した。


「どうにも脳裏にちらついて仕方ないんだ。やっぱり生はインパクトが違う」


 おかげで寝不足だよ、と恭介は相変わらずの芝居じみた覇気のない顔で天井を見上げる。

 全然、格好良くない。


 こうなることを知ってか知らずか、歩美も罪なことをするものだ。

 生と言っても、服の上からで、あの二人にとってはスキンシップでしかないのかもしれないが。


「生は動画を超えるんだね。あ、そう言えば」

 凛太郎は椅子に戻り、借りていたタブレットを机上に置いた。「また、姉ものを選んだでしょ」

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