第27話 混浴のちアイドル登場(その1)

 最初に脱落したのは、やはり恭介だった。


「もう無理。どんだけ考えたって分かんねぇや」


 恭介はだらしなく椅子の背もたれに体を委ね、頭の後ろで手を組む。


「諦めるのが早いですって、飛島先輩」

 歩美が少し頬を膨らませて、恭介に向かって「ほらほら」と手招きをする。「三人寄れば文殊の知恵ですよ」


「いや、それは少しでも知恵がある人が集まったときのことだから。こんな難しい問題で、俺なんか、何の役にも立たないって」


「そんなことないですよ。ねぇ」


 歩美に同意を求められるが、凛太郎は「ん、まあ」と気のない返事をした。


 凛太郎は今、話しかけられたくなかった。

 全神経を詰め将棋に集中したいのだ。

 もう少しで解けそうな気がする。

 頭の中で盤上の駒がそれぞれの正しい役割を求めて動き回る。


 今、三人が囲む将棋盤には今月の「将棋の道」の詰め将棋を再現していた。

 歩美がどうしても解きたいと言ってきかなかったのだ。


 そもそもこの「将棋の道」は恭介のものだ。

 昨日発売だったのだが、先月号のグラビア写真で恭介を虜にしたあの坂上女流初段が今月号もオフショット付きのエッセイを連載していて、それを凛太郎に見せるためにわざわざ学校にまで持ってきたのだ。

 「いいよー、これ。たまんないよぉ」と言う恭介のニタニタ笑いは中年オヤジも真っ青のいやらしさだった。

 それを歩美が部室に現れるやいなや、「あっ!」と大きな声を上げ、恭介の手からひったくるように奪い、詰め将棋のページを開いて凛太郎と恭介に一緒に問題を解くように強制したのだ。


「大体、何でこの詰め将棋にそんなにこだわるわけ?」


 恭介がつまらなさそうに言う。

 恭介にとっては詰め将棋よりも、坂上さんのオフショット写真の方が大事なのだ。


「表紙見てくださいよ」


「表紙?」

 言われて恭介が「将棋の道」の表紙を見た。「鬼頭さんじゃん」


「鬼頭さんじゃん、じゃないですよ。今を時めく鬼頭達也五冠です。もうすぐ始まる棋帝戦で勝てば六冠。前人未到の八冠も夢じゃないんですよ」


「ふーん。そうなの」


 つまらなさそうに返事しながら、恭介は歩美に見えないように机の下で向い側に座る凛太郎の膝に膝をゴツンとぶつけてくる。


 仕方なく凛太郎が目を上げると、恭介が顔の前に「将棋の道」を掲げている。

 そこには鬼頭五冠が顎のあたりに扇子を押し当てながら、食い入るように盤を見つめている写真があった。



「鬼頭達也だって。亀頭が立つって、マジかよ。親はもう少し考えるべきだろ」

「そんな風に考えてるの、恭介君だけだよ」

「嘘。たろちゃんも実はそう思ってるでしょ?」

「思わないって」

「あっそ。じゃあ、もう一回見てよ。もう、この人の写真見たら、KTが勃起しているとしか思えなくなったでしょ?」

「KT?」

「亀頭でKT」

「またアルファベットを変な使い方して。こないだは心の友がKTだったじゃん」

「KTは奥が深いってことだよ」

「亀頭は心の友ってこと?」

「いや。心の友って言うよりは、息子だよね」



 そう言って爆笑したのが、つい十五分ほど前だ。それからすぐに歩美が部室に入ってきて、今の状態になった。


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