第26話 インゴ

「たろちゃん。インゴって知ってる?」


 恭介がスマホを操作しながら、「明日雨って知ってる?」ぐらいの軽い感じで訊ねてくる。


「何となく、かな。でも、なんかエッチな響き」


「確かに、エロいんだよね」


 恭介は「インゴ」には「淫語」と「隠語」の二つの字があると説明する。


「『淫ら』の方はそのままズバリな感じがするね」


「そう。淫らでエッチな言葉ってことだよね。もう一つは分かる?」


「専門用語みたいなこと?」


「まあ、そういうことかな。特定の業界や仲間内だけで通じる言葉ってことらしいよ」


 恭介はスマホの画面を凛太郎に見せて言った。画面にはネット上の辞書で「隠語」の言葉の意味が表示されている。


「ふーん。それで?」


「今日タブレット忘れちゃったんだけどさ、今回仕入れたエロ動画のタイトルが『淫ら』の方の淫語がどうのこうのっていうやつだったの。それで尺八って言葉が出てきてさ。たろちゃん。尺八ってどういう意味か知ってる?」


「何それ。楽器の尺八とは違う意味があるってことだよね」


「そう。尺八って、男性が女性に口でしてもらうやつのことらしいよ」


 今度は尺八をスマホで調べ、凛太郎に見せる。


「へぇ。そうなんだ。何か歴史を感じさせるね」


「それで尺八って『淫ら』の方の『淫語』で、かつ、隠れる方の『隠語』でもあるなって気づいて」


「そうなるね」


「そこまで考えて、こないだ、三丸とか四丸とか言ってたのを思い出してさ。あれも俺たち二人の隠語だよなって思って」


「確かに」


「でもさ、四丸の方って、三丸からの流れで四丸って名付けたけど、俺はそれまで、四丸のことを自主トレって言ってたんだよね」


「誰に?」


 自分以外の人とそういう会話を恭介がしているということに、凛太郎は瞬間的に嫉妬していた。


「いや、誰に、とかないよ。強いて言えば自分の中でってこと」


「ああ、そういうこと」

 凛太郎は納得し、安心した。「自主トレ、面白いね」


「そんな抑揚のない声で『面白い』って言われても、そう感じてるとは思えないけど」


「感情を表に出すのは苦手なんだ」


「知ってるよ」

 恭介はケラケラと笑い、話を元に戻した。「たろちゃんは四丸に自主トレみたいな隠語つけてなかった?」


「僕は、……ソロ活動とかがしっくりきてたかな」


「ソロ活動ね。そっちの方が面白いじゃん」

 恭介は、面白い、面白い、と連呼してまたスマホをいじり出した。「調べるとけっこうあるね。『自分磨き』だって。一本取られた感じがあるね」


「うまいこと言うねぇ」


「自家発電っていうのもあるみたいだよ」


「あれで発電できたら、世界が変わる気がする」


 オナニーで発電。

 画期的な発明だ。

 地球温暖化を防ぐ可能性がある。


「エロは世界を変えるね」


「で?四丸から変えるってこと?」


「いや。俺たちには四丸が一番しっくりきてるから、このままで」


 じゃあ、何だったんだこの会話は、と凛太郎は思ったが、それが童貞ミーティングというものだ。


「これから自主トレとか自家発電とか聞いたら、違うことを想像しちゃうよ」


「まあ、これでたろちゃんも大人への階段を一つ上ったってことだよ」


「随分低い階段のような気がするけど」

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