第25話 縛り(その2)

「遠藤さんを縛ってよ」


 昨日のミーティングで恭介が凛太郎にそう依頼してきた。


 ミーティングのネタとなった今回のエロ動画は女性が縄で縛られ、何人もの男におもちゃにされるというものだ。

 女優さんの容姿はこれまでの恭介の好みの傾向からは外れていて、柔和な丸顔でぽっちゃり体形だったが、そのふくよかな体が縄で締め上げられている様子はかなり刺激的だった。

 女性が強引に攻められるのが好きな恭介にはドンピシャの展開だったようで、興奮冷めやらぬ様子で鼻息荒く先ほどの台詞を吐いたのだった。


「はぁ?」


 凛太郎は恭介の発言に驚きと憤りを隠せなかった。

 AV作品と現実との垣根を保てないようなことでは、しばらくエロ動画は封印した方が良い。

 童貞ミーティングも今日までだと悟った。


「いや、本当に遠藤さんの体を縄で縛れとは言ってないよ」

 恭介が顔を真っ赤にして反駁する。「あんなガリガリを縛っても、全っ然エロくない」


「じゃあ、どういうこと?」


「だから、将棋で縛ってよってことだよ」


 将棋用語に「縛り」という言葉がある。

 相手玉の逃げ道をふさぎ、動けなくする手のことだ。

 直接的な王手ではないが、玉が縛られてはほぼ勝ち目はない。

 恭介はそういう展開に持ち込んで勝てと凛太郎に求めているのだった。



「俺……」

 俯いた恭介の顔が赤らんでいる。「ちょっと、トイレ」


 恭介は立ち上がると、お腹が痛いのか中腰で下腹部を手で押さえながら小刻みな歩き方で部屋を出て行った。


 何か変だな。

 そう思って恭介を見送る凛太郎は部屋のにおいに違和感を覚えた。このカビ臭いような青臭いようなにおいは……まさか。

 だから、恭介は不自然な姿勢でトイレに行ったのか。

 恭介は将棋の「縛り」に一体何を連想したのか……。


「暑いな。何か暑くない?」


「そうですか?」


 歩美がキョトンとする。

 確かに暑くはない。


 しかし、凛太郎は「暑い、暑い」と連呼して、窓を大きく開けた。


 清浄な空気よ、部屋の中のけがれを洗い流してくれ。

 他人の精子のにおいの中にいるのは、どうにも気持ち悪いのだ。

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