第24話 縛り(その1)
近頃、凛太郎と歩美の実力は伯仲している。
歩美が入部してきた当初は将棋を通してとは言え、女性と至近距離で向かい合うことに強烈な恥かしさがあった。
しかし、歩美が無邪気に対戦を求めてくるので、と言うか部員が三人しかいないので、仕方なく相手をしているうちに様々な戦法を使いこなす歩美との対戦を楽しみにするようになっていた。
詰め将棋で棋力を高め、歩美と実力差がなくなってきたことで、さらに歩美との将棋に力が入る。
そういう凛太郎の気持ちの変化を察してか、それとも、レベルが二人に遠く及ばなくなってしまったことを認めてなのか、最近の恭介は自分が指すのではなく、二人の将棋を見守る立場に回ることが増えた。
それでも、恭介は不満はないらしく、凛太郎と歩美の一戦が終わった後に、さっきのこの手は余計だった、あの銀打ちから形勢が変わった、などと
実際一歩引いて客観的に見ている恭介の指摘は的確で、歩美と凛太郎も恭介の分析を頼りにする部分がある。
そうして三人でああでもない、こうでもないと語らっている時間が、終わりが来なければ良いなと思うぐらいに楽しかった。
そして、今も凛太郎と歩美は将棋盤を間にして向かい合っている。
終盤に入り、形勢は凛太郎に有利に見えた。
相手玉に自軍の駒が近接している。
一方、自陣はまだ囲いが強固で、そう簡単には破綻しない自信があった。
まだ読み切れてはいないが、敵玉の周囲の駒を着実にはがしていけば、勝ちきれる予感がある。
しかし、歩美には豊富な持ち駒があり、一つ間違えると一気に巻き返されそうな怖さもあった。
歩美は口元に左手を当てたまま全く動かず、瞬きもせず、眼鏡の向こうから静かに盤を見つめている。
小さな一点を睨みつけるのではなく、大きく全体を俯瞰して獲物を探るような猛禽類に似た丸い目だ。
よく見ると、右膝が小刻みに揺れている。
集中して手を考えているときの歩美の決まりの仕草だ。
全然可愛くない。
それが良いのだろう。
クラスの美人ツートップの小泉さんや永田さんが相手なら、こんなに平静に座っていられない。
そんなことを考えていたら歩美が持ち駒に手を伸ばした。
自玉のそばに置いて守りを厚くする。
しかし、凛太郎は歩美の陣形の急所を狙って歩を垂らす。
一番弱い歩でと金を作り、相手玉を守る駒を一枚一枚奪っていく。
やられる方としてみれば、真綿で首を締められるような、じりじりと崖に追い詰められるような、そんな気分にされる嫌な攻め方だ。
数手進んだところで歩美が根負けしたようにため息をつき、「これは辛い」と弱音を吐く。
負けを観念したように投げやりな手つきでとうとう一番端の9筋に玉を引いた。
凛太郎はすかさず玉の真横、脇腹と言えるところに角を打ち込んだ。
「あー。縛られた……」
歩美ががっくりうなだれる。「負けました」
「うぉー、すげぇ!」
真横で見ていた恭介が突然興奮を抑えきれない様子で声を上げる。
「何ですか、飛島先輩。私が負けるのがそんなに嬉しいんですか?」
歩美が半ば本気で怒ったような口調で恭介を非難する。
「あ。ごめん。つい」
「何ですか、ついって。もう」
恭介の、つい、には理由がある。
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