第22話 三丸(その2)

「え?意外」


「俺を性欲の権化みたいに言うのはやめてよね」


「実際に当たらずとも遠からずなのでは……」


 凛太郎の言葉に、恭介はムッとした表情を見せるが、それはポーズだけで、すぐに笑顔に戻る。


「童貞が偉そうなこと言うなって言われるから、こんなこと、同じ童貞のたろちゃんにしか言えないんだけどさ」


「いや。そもそもこういう会話は誰とでもするもんじゃないと思うよ」


「まあ、そうだとしても、俺が言いたいのは、要は、三丸がそこまですごいことなのかってことなんだよね」


「と言いますと?」


「たろちゃん。人間の男性は何のために三丸をするんだと思う?」


 恭介が「三丸」をもう当たり前のような顔で自然に遣っているのが少し面白い。


「何のために……」

 恭介の求めている禅問答の答えがどういうものか分からない。「子作り、かな」


「まあ、外れではないな」


 恭介はテレビに出てくる偉い教授のような顔で腕を組んで頷く。


「当たってもないのか」


「人間以外の動物だと、それが正解なんだけどさ。人間の場合は必ずしも、そうじゃないじゃん。特に未婚の場合で考えてみてよ。もっと言えば、俺たちみたいな学生の場合」


「あー。そうなると、子作りではないね」


「そう。つまりさ、三丸は射精するためにするんでしょ」


 射精という言葉は恥ずかしくないのか、とは思いながらも凛太郎は一応納得した。


「確かに、それがゴールなんだろうね」


「だとしたら、やっぱり三丸そのものはあまり重要じゃないよね。射精するためなら、自分の手でもできるじゃん」


 恭介は自分の手を顔の横でひらひらと動かした。


「僕にしてみたら、手でも、って言うよりは、手で、するものって感じだけどね」


「そう!そうなんだよ。つまり、三丸と……」

 恭介は突然、言葉を詰まらせた。「たろちゃん。また、俺、強い力を持つ言葉を口にしようとして、のどがグッと閉じちゃった」


「何?何の言葉?」


「自分で、手でするカタカナ四文字の行為」


 あー、と凛太郎は同意の声を出す。

 確かにオナニーもかなり破壊力のある言葉だ。


「あっちが三丸なら、こっちは四丸?」


「いいね。そうしよう。三丸と四丸。なんか喋るのがすごく楽になった」


「僕たち、すごい発明をしたのかもね」


 凛太郎は恭介と互いに肩を叩いてたたえ合った。

 こういう馬鹿げた会話が何とも言えず楽しい。

 すごく楽しい。


 改めまして、とまた恭介が真面目に居住まいを正すのが笑いのツボに入ってしまい、凛太郎はこらえ切れず、ブフッと吹き出してしまう。


「三丸と四丸の違いって自分のアレを何で刺激するかの違いだけでしょ」


「そこが大きな違いなのかもしれない、とは思うけどね」


「確かに、俺たちは三丸を知らないから、分からないところはある。だけど、男には性的快感が頂点に達すると射精をするという体の構造があって、一番気持ちいいのは頂点に達するときというのは経験者でも童貞でも同じだよね」


「頂点を超える快感はないってことだね」


「そう。体の構造がそうである以上、どんな場面でも頂点の高さは同じだと思うから、頂点を迎える過程が三丸であっても、四丸であっても気持ち良さに大きな違いはないと思うんだ」


 恭介の指摘に凛太郎は大きく頷いた。


「原理は同じ。擦りつけて動かす。それだけ」


「そう。だとすると、俺たちにとって三丸はなくてはならないものではない。俺たちにはこの手がある」

 恭介は部下を鼓舞する将校のように、自分の手を胸の前で固く握りしめた。「これで十分に事は足りている。そういうことじゃないかな」


「激しく同意。そして……」


 凛太郎は急に言葉を飲み込んだ。

 今から話そうとしていることは、まだ誰にも聞かせたことはない。

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