第20話 姉モノ(その3)
やがて放課後になると、恭介は凛太郎の退路を断つように、すぐにそばにやってきた。
凛太郎は連行されるような気分で部室に向かった。
仕方なく、いつものように向かい合って座り、将棋盤の横にタブレットを置く。
「この女優さん、恭介君の好きそうな感じがしたよ」
靄を吹き飛ばすように、凛太郎は自分から切り出した。
ストーリーには触れず、話題を女優単体に絞る。
すると、不安げな表情だった恭介も、いつも通りのエロくたるんだ笑いを顔に浮かべる。
「何、その言い方。たろちゃんは彼女の良さを認めてくれないわけ?」
「可愛いけど、けばいって言うかギャルっぽいって言うか。胸の大きさも作り物っぽい感じがあるし」
「ああいうのが、いやらしいんじゃん。気の強そうな、少し調子に乗ってる感じの女の子が強引にやられていくのがたまんないんだけどなぁ」
恭介は頭の後ろで手を組んで不服そうに口を尖らす。「俺は作り物だって全然気にしないよ。そりゃ天然であることに越したことはないけど、まな板とか、垂れてるやつより、大きくてきれいなおっぱいの方が絶対に美しいじゃん。AV女優は見せるのが仕事なんだから、まずは美しくないと」
「そういう意見もあるだろうけどね」
「いやいや。大きなおっぱいは、さ……」
「男のロマン、なんでしょ」
大きなおっぱいは男のロマン。恭介が常々言う言葉だ。
しかし、凛太郎は、人工的なものにはどうしても不自然さを感じ取ってしまって、そこばかりに目が行き、少し冷めてしまうところがある。
凛太郎にとって女性の胸は、その大きさや形よりも、反応の良さが重要だ。
「そう。それ」
うんうんと満足そうに頷いた恭介がタブレットを操作し出した。
それはいつものミーティングの風景なのだが、今日に限っては、二人で動画を楽しむ気にはなれない。
凛太郎は盤上に視線を固定して駒を並べた。
「ほら。これ見てよ。超いいじゃん」
恭介が示した場面は、女優が無理やり押し倒されて乳房が露わになったところだ。
「仰向けなのに、胸がきれいにお椀型じゃん。それが、何となく作り物感を出すって言うか、現実離れしてるって言うかさ。そういう目で見ると、この人本当に感じてるのかなっていう疑いも出てきちゃって……」
どうしても今回の作品に対する否定的な感情が言葉になってしまって、恭介の反感を買うのを避けられない。
「じゃあ、仮に付き合ってる彼女の胸が作り物って分かったら、たろちゃんはエッチしないの?」
「それとこれとは別問題だよ。動画は純粋にエロを求めて観るけど、リアルの彼女に求めるのはそれだけじゃないし」
そこまで言って恥ずかしくなる。リアルの彼女ができないからこのミーティングがあるというのに。「逆に、恭介君は本当に好きな人を強引に組み伏せて、嫌がってても無理やりやっちゃいたいの?」
そんなわけないじゃん、って答えがすぐに返ってくると思ったが、恭介は虚を突かれたような顔で沈黙した。
あれ?
どうした?
「確かに、実際はそんな強引なことはできないね」
神妙にそう答えた恭介の顔が赤らんでいるのを見て凛太郎は、今、恭介の心の中には好きな人がいて、先ほどの一瞬でその人のことを襲うことを想像したのではないか、と思った。
「だ、だよね」
そんな予想外の顔を見せられると、こちらも困惑してしまう。
恭介はすぐに気を取り直したように真っ直ぐ凛太郎を見つめて、「じゃあ」と眼鏡の縁に手を当てる。
「ストーリーはどうだった?」
「ストーリー?」
その話だけはしたくなかった。だけど、当然そういう話題になるだろうと思って、答えは用意していた。「ごめん。正直、入り込めなかった。実は、僕、一つ上の姉がいて。実際の自分の境遇と同じような設定だと……」
「こないだの本屋さんの人?」
「え?」
「お姉さんって、こないだ本屋さんでたろちゃんが喋ってた星城高校の制服の人かなって思って」
「見てたんだ」
もう言い逃れはできない。言い逃れる必要もないのだけれど。
「あ、ごめん。盗み見たとかじゃないんだ。声をかけようかと思ったんだけど、何となく恥ずかしくって」
恭介が申し訳なさそうに、小さくなるから、「いいんだよ。別に」と慌ててフォローする。
「きょうだいがいることを隠してるわけでも何でもないんだから」
だけど、姉の話題はあえて避けるようになっていた。
二年前のあの夜から。
「たろちゃんのお姉さんってさ……。その……」
恭介が言いにくそうに言葉に詰まる。
「何?」
「この動画の女優さんに雰囲気似てるよね。笑った感じとかさ、顔の輪郭とか」
言われてギクッとした。凛太郎も同じことを思っていた。
それもこの動画を正面から見にくい大きな要因だ。
「そうかなぁ。そうでもないよ」
否定しておかないと、今後この女優さんの作品ばかり観せられるかもしれない。
「どうだった?」
恭介がおずおずと、少し緊張した面持ちで訊ねてくる。
「どうって、何が?」
「だから、……お姉さんとヤッてるみたいな疑似体験にならなかった?たろちゃん、興奮するかなって思ってたんだけど」
「それが、狙いか……」
怒ったように凄んで見せると、恭介は「何てね、ハハハ」ととぼけた感じで、いそいそとタブレットをリュックに仕舞った。
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