第19話 姉モノ(その2)
翌日の部活終わりに、本屋から黙って帰ったことを謝ると、恭介は「そんなことよりさ」と例のニタニタ笑いで、タブレットを凛太郎に差し出した。
「また、いいの仕入れといたから観といてよ」
恭介の眼鏡のレンズが怪しげに光る。
「やり手のブローカーみたいなこと言うね」
「めっちゃ可愛い女優さん見つけたんだよ。超どストライク」
恭介は「あの可愛さは、さすがのたろちゃんも認めてくれると思うな」と鼻息が荒い。
恭介が仕入れたエロ動画の女優がどんな感じなのかは容易に想像がつく。
少し気の強そうな茶髪で巨乳のギャル。
女子高生役ならブレザーの制服を崩して着こなし、化粧はきつめで、スカートはぎりぎりの短さ。
恭介はそういう女性を男優が強引に組み敷く感じのストーリーを好んでいる。
「それは、どうかな」
凛太郎は苦笑いを浮かべた。
しかし、タブレットにはしっかり手を伸ばす。
凛太郎が好きなのは、少しはかなげで、透明感のある清楚な女性だ。
髪は黒く、化粧はしていてもナチュラルメイクで、制服を乱れなく着ている人を好むから、女性の趣味は恭介とは相いれない。
「とにかく、また、今度のミーティングで感想聞かせて」
楽しそうに手を振って遠ざかる恭介を見送ると、心が少し軽くなる。
恭介から「昨日の本屋で会った人、誰?誰?誰なの?」と執拗に訊かれることはなかった。
幸いにも見られていなかったのかもしれない。
麻実は恭介の好みのタイプだと思う。
髪は栗色に染めているし、化粧もしっかりしていれば、くりんとまつ毛を上げることにすごく時間をかけている。
そして、胸も大きい(これ、重要)。
本屋で恭介に麻実を見られていれば、確実にあれこれ詮索されていたことだろう。
恭介が麻実を好きになってしまったら、色々と面倒くさいことになるに違いない。
深夜。
家族が寝静まった頃合いを見計らってタブレットを取り出す。
動画を再生すると、そこには想像通り女優がパンツ丸見えスカートの制服姿で現れたのを見て、思わず吹き出してしまう。
しかし、笑っていられたのもそこまでだった。
最初の絡みを見終えないうちにため息の連続。
どうしたものかと頭を掻きながら、凛太郎は動画を途中で切り上げて布団に潜り込んだ。
水曜日。
いつもなら、放課後が待ち遠しくて授業に集中できないときがあるぐらいだが、今日は気分が重かった。
ミーティングがある日は恭介も授業中や休み時間に「楽しみでうずうずしている」という視線を人知れず送ってくるので、凛太郎もたまに笑ってしまうのだが、今日は極力恭介の方を見ないようにし、視線にも気づかないふりを貫いた。
「今日、部活行くよね?」
さすがに変だと思ったのか、恭介が昼休みに声をかけてきた。
「ああ、うん」
「よかった。体調悪いのかと思って」
「そんなことないよ」
凛太郎はそう言って、話題を変えるためにスマホの画面を見せた。
最近使っている詰め将棋アプリだ。「これが、難しくて」
「うへ。こんなの俺には無理だ」
早々に恭介が自席に退散する。
恭介の足が視界から消え、凛太郎はフッと体から力が抜けるのを感じた。
他に入れそうなものがなかったから消去法的に選んだ将棋部だったが、最近将棋に対する興味が湧いてきた。
それは新入生の歩美の存在が大きい。
歩美との初めての対局。
長時間もつれ、結果、一手違いの僅差で凛太郎が負けた。
あの時の、年下に負けた悔しさと、手に汗握る接戦を繰り広げたことの楽しさが凛太郎のスイッチを押したようだ。
歩美が良くスマホで詰め将棋を解いているのを見て、凛太郎も真似をするようになった。
詰め将棋が解けたときのすっきり感はパズルやクイズに似ていて爽快だ。
凛太郎は恭介との対戦成績はもともと良かったが、学校の休み時間などのちょっと空いた時間に詰め将棋を解くようになってから、恭介との棋力は明らかに差がついた。
棋力に明確な差が出てきてからは、恭介は以前に増して将棋よりミーティングを楽しみにするようになっている。
そのことが今日は凛太郎にとって余計に気分を重くさせる。
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