第17話 金メダリストの気持ち(その2)

「そして、それはたろちゃんにもあった」

「僕にも?」


 話を振られて、凛太郎は反射的に体を引いて心の中で身構えた。


 逆に恭介が身を乗り出してくる。

 恭介の目が獲物を見つけた猛禽類のように鋭い。


 その目に晒されて、凛太郎は生殺与奪の権を恭介に握られた気がしていた。

 恭介の言いたいことは分からないが、昨日、凛太郎にとって大きな事件があったのは事実だ。

 それは凛太郎の人生において、滅多にない事件だ。


「昨日、帰り道、たろちゃんは女子高生のパンツ見たでしょ」


 もう逃げ道はない。

 将棋で言えば、自分の玉が詰まされる手順が見えてしまったようなものだ。

 凛太郎の胸にはあの白いパンツを見たときの、ざわざわとした居たたまれない気持ちも蘇ってきた。


「あれはね、見たんじゃなくて、見えちゃったんだよ」


 正直に話した方が良いと思った。

 きっと恭介は全てを知っている。


 昨日は時折強い風が吹く日だった。

 部活からの帰り道。

 凛太郎の前、十メートルぐらいのところには同じ高校の制服だが、見知らぬ女子生徒がスマホを操作しながら歩いていた。


 危ないな。

 何かにぶつかっても知らないぞ、と思いながら凛太郎はその子の後ろを歩いていた。


 その時、突風が吹いた。

 そして、その女子のスカートが見事にめくれ上がり、お尻の白いパンツが丸見えになった。

 一瞬の出来事だった。

 風が去り、スカートもすぐに元通りになった。

 彼女は気づいていたのだろうか。

 スカートを直す素振りもなく、相変わらずスマホの画面を見ながら、黙々と歩いていく。


「あの時、『今日は動画を仕入れてなくてごめん』って言っとこうと思って、たろちゃんを追いかけたんだけど、あの出来事があって、声をかけづらくて、そのまま引き返したんだ」

「何と」

「あの時、どう思った?」

「居たたまれない気持ちになった。別に、それを見たいと思ってたわけじゃなかったんだけど、どうであれ見えちゃったから、悪いことをしたような気になったし、周りに誰かいて、あいつ今パンツ見たなって思われたとしたらすごく嫌だなとも思った」


 そして今、恭介に見られていたことを知って、恥ずかしいような、悪いことをして見つかったような、すごくもやもやとした気持ちになっている。


「分かるよ。俺もそうだった。常日頃、女子のパンツを見たいとは思ってるんだけど、あんな気分になるぐらいなら、あれは見えない方が良かった」


 恭介が項垂れる。


「ほんと。見えない方が良かったよ」


 凛太郎の正直な気持ちだった。


「だから、見え方ってすごく大事だなって思った」

「うん」

「それで、全然関係ないんだけど、俺は不意にマススタートの金メダリストのことを思い出したんだ。彼は優勝したくて毎日練習を重ねていたんだろうけど、きっとあの時はこんな気持ちになるぐらいなら優勝なんかしたくなかったと思ったんじゃないかって」

「なるほど」

「やっぱ、チラリズム。女子のパンツは、チラッと見えるのが大事だね」

「そして、見た方は、見たことを誰にも知られていないことも大事だね」


 恭介が大きく頷いて右手を差し出してきた。


 凛太郎はその手を力強く握った。

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