第16話 金メダリストの気持ち(その1)

「金メダリストの気持ち、たろちゃんに分かる?」


 恭介の質問は常に唐突だ。


 今日は童貞ミーティングの日だが、借りていた動画はなく、特に話題もないまま将棋を指し始めたところだった。


「ん?」


 凛太郎はいつも通り大して深い話でもないだろうと飛車先の歩を突きながら何気なく話の続きを促した。


「だから、金メダリストの気持ちがたろちゃんに分かるかって訊いてるの」

「そんなの分かんないよ」


 恭介は一体、何を言い出したのか。

 金メダリストどころか、目の前にいる恭介の気持ちも分からない。


「そうだよね。俺も分かんない」


 恭介は、しれっと歩を上げて角道を開ける。


「何それ」


 おちょくられているのだろうか。


「ちょっと前に、あるテレビ番組でスピードスケートのマススタートを取り上げてたのを思い出したんだ。マススタートって知ってる?」


 マススタートなら見たことがある。


「大勢でスケートリンクを回って競争するやつでしょ?」

「そう、それ」

「それがどうしたの?」

「あれってさ、みんな一番になりたいから最後の一周なんかデッドヒートなわけ」

「そりゃそうだよね」

「で、接触もあるから、転倒する人も出てくるのよ」

「あるね」

「一人こけると、近くにいた人が巻き添えにされちゃってさ」

「かわいそうだけど、仕方ないのかな」


 そのあたりも含めて、駆け引きのタイミングとスリリングさがマススタートの魅力なのだろう。


「ゴール間際でトップ集団の人がみんなクラッシュしちゃって。そしたら、先頭集団についていけずに後ろの方を走ってた人が、こけてるみんなを尻目にトップでゴールしちゃったんだ。それで金メダル」

「超ラッキーだね」


 あまり深く考えずにそう言ったら、恭介がギロッと目を光らせて凛太郎を見た。


「本当にそう思う?」

「え?」


 何となく罠にはめられた気分だった。口先だけで会話をしていたのを見透かされていたようだ。


「想像してごらんよ。トップ選手の転倒でタナボタ的に転がり込んできた金メダル。メダルに見合う実力がないことは明白なのに、その選手は表彰台の一番高いところに上がらなくちゃいけない」

「ああ。何となく、居心地悪いかも」

「もしかしたら、その選手は金メダルを取れたことに無邪気に喜びを感じていた可能性もある。でも、きっと違うと思うんだ。だって、その人は先頭のスピードに全然ついていけなくて、実力差を痛感しながら滑ってたと思うんだよね。ゴール直前まで自分が勝つなんて思いもよらなかったはず。だから、俺が想像するに、みんなこけなきゃ良かったのにって居たたまれない気持ちでメダルを受け取ったんじゃないかな」

「なるほど」

「それに近いことが昨日、俺にもあったんだ」

「マジで?」


 金メダルを取ることに近いことってどんなことだろう。

 凛太郎はいつになく恭介のおしゃべりに引き込まれて前のめりになっていた。

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