第13話 3P(その1)
今日も二人は盤に駒を並べ、黙って向かい合った。
歩を突き、陣形を固め、やがてどちらがどこで自軍の駒を敵駒にぶつけるかという場面に至る。
開戦直前。
緊張感がピリピリと高まる瞬間。
「たろちゃんってさ」
話しかけたのは今日も恭介の方だった。
口下手な凛太郎から口火を切ることは滅多にない。「3Pって興味ある?」
実際に盤上でも飛車先の歩を伸ばして、凛太郎の角頭の歩を狙ってくる。
戦端の火ぶたは切られた。
同歩、同飛の展開に凛太郎は歩を打って陣に空いた穴を修復する。
「正直、そんなこと思いもよらなかった。これを観るまで」
凛太郎が将棋盤の脇に置いたタブレットの真っ黒な画面に目を落とすと、恭介が待っていましたとばかりにタブレットを起動する。
「俺も。こんな世界があるのかってびっくりしたよ」
動画が始まり、やがて三人の男女がくんずほぐれつ絡み合う。
その動画が恭介の無駄のない操作で早送りされる。「たろちゃんの気に入ったシーンってどこ?」
いわゆる抜きどころってやつだ。
「僕?そうだなぁ」
迷いはない。
だけど、一旦はとぼける。
だってエロ動画の好きなシーンを答えるのは、恭介相手でもそれなりに覚悟が要る。
それって自分の中のかなりコアな部分をさらけ出すことだと思う。
「俺はここなんだよね」
凛太郎が話をしやすいように、という配慮だろうか。
恭介は先に自分のポイントを伝えてくる。
手練れの映像編集者のようにスパッと観たいところで早送りから再生に切り替えた。
もちろん消音設定にしてあるから音声は出ていない。
「あー。なるほど」
きっと恭介だって自分の抜きどころを告白するのは恥ずかしいはずだ。
だから、その勇気に敬意を表して、一度は同調の姿勢を返す。
それが礼儀というものだ。「前から後ろからって、グッとくるよね」
「そう。しかも、頭を掴むこの手の強引さが、たまんないんだよな」
「言うと思った」
恭介はサラサラおかっぱ髪に一重瞼の眼鏡で気弱そうな色白のデブという、典型的ないじめられキャラの外見だが、凛太郎が知っている彼の性格はかなりのSだ。
恭介は女性が自由を奪われ、強引に攻められている設定のエロ動画を好む。
「で?たろちゃんは?」
訊ねられても、すぐには答えられない。
しかし、もじもじする凛太郎を恭介は許してはくれない。「たろちゃん。俺は見ちゃったんだよ。たろちゃんがここでズボンを脱いで……」
また、それか。
「だから、あれは……」
「虫なんでしょ。だけど、あんなところにまで虫が入ってくるかなぁ。それに……」
「僕は、もうちょっと後のシーン」
答えないといつまでもねちねち言われて、キリがない。
それに、恭介に弱みを握られているというこの構図のおかげで、凛太郎としてもエッチなことを喋りやすいという面もある。
シャイな性格の凛太郎は性的な話題だと余計に心にブレーキがかかる。
それを取り除くのが、この弱みだ。
これがあるから、渋々という格好で体面を保ちながら、凛太郎もエッチなことを口にすることができる。
「もうちょっと後ね」
恭介が満足げにまた早送りを始めるのを凛太郎は少し上体を引いた格好で見つめた。
恥ずかしすぎて、前のめりにはなれない。「どう?この辺りじゃない?」
「うん。この辺」
「やっぱりな」
恭介が動画を再生させながら、にたにた笑う。「たろちゃん、ほんと騎乗位が好きだよね」
「え?そうかな」
「そうだよ。気づいてなかった?」
当然、凛太郎も自覚している。
凛太郎は恭介とは対照的に無理やりというのが好きではない。
女性が辛そうだったり苦しそうだったりすると観ていられなくなるのだ。
その点、女性が主動的な騎乗位はそういうことがない。
「ここ。ここの表情が良いんだよね」
思わず口調を熱くしてしまう凛太郎のリクエストに素早く恭介が画面を一時停止する。
女優が堪えきれないように目をきつく閉じて、喘いでいる。
実際には聞こえないが、凛太郎の頭の中では声も一緒に再生されている。
「何か、たまんねぇな」
恭介が体の中に充満したどす黒い欲望を吐き出すように、駒を盤に叩きつける。
「確かに」
凛太郎も同じ気持ちだ。
湧き上がってきた感情を持て余す。
ペチッ、ペチッと必要以上に甲高く駒が鳴る。
二人は消音状態の動画を片目で眺めながら、しばらく無言で、惰性で将棋を指し続けた。
恭介は陣形を変え、玉を自陣の隅に潜らせ、多くの駒で囲い込んでいく。
穴熊での持久戦狙いだ。
「なぁ、たろちゃん」
「ん?何?」
凛太郎は恭介の穴熊が完成する前に端攻めを敢行した。
「3Pってどうやったらできるかな?」
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