第11話 胸のふくらみ(その1)

 部室に入ると、机の脇に立っていた恭介の挙動が不審だった。

 何かを隠すように窓の方を向き、入ってきたのが凛太郎だったことを確認して、安心したのか、観念したのか、「やぁ」と表情を緩める。

 しかし、こちらに向けるのは顔だけで、体は相変わらず窓に向けたままだ。


「たろちゃん」


「何?」


「やっぱ、入ってくるときはノックをした方がいいと思うんだよね」


「あ、うん」

 確かに、それは恭介の言うとおりだと思う。

 しかし、思わず反論が出る。「でも、恭介君もノックしないよね?」


「いや、俺も今それを大いに反省して、自分にも言い聞かせているところなんだ」


 顔だけを凛太郎に向け続ける不自然な体勢の恭介は「早くドアを閉めて入ってよ」と言う。


 凛太郎は言われた通りにしたが、何となく様子がおかしくて恭介に近づきがたい感じがある。


「どうしたの?何か姿勢が変じゃない?」


「ああ、うん。まあね」

 恭介がニタニタと笑う。

 これは何かエロいことを考えている顔だ。「じゃーん」


 ありきたりな効果音とともに恭介が凛太郎に正対したときに、まずその胸に目が行った。

 そこが不自然にふくらんでいるのだ。

 まるでおっぱいのように。

 いや、目を凝らしてよく見るとおっぱいにしては少し角ばっている。

 おっぱいはあり得ないのだから、おっぱいにしては、と言うのも変なのだが。


 何故か威張るように腰に手を当て、仁王立ちで得意げな恭介の顔が妙にむかつく。


「何、それ」

 言いながら、思わず笑ってしまう。「しかも先端、尖がってない?」


 いわゆる乳首のあたりが妙に鋭く尖っている。


「たろちゃんは特別だから、触らせてあげてもいいよ」


 少し頬を紅潮させて、誘うような目をする。

 それが何となく色っぽく見えるのが悔しい。

 正直、ドキドキする。


「いや、いいわ」


 少し触りたい気がしたが、反射的に断っていた。


「何でぇ?」

 途端にがっかりして見せる恭介。「男なら、ここにあるふくらみは触ってみたいはずでしょうが」


「だって、どこまでいっても恭介君の胸だから」


「俺ってことは忘れて、ふくらみだけを見てみ。この胸を触れるチャンスなんて、今後二度とないかもしれないんだよ」


 ほれほれ、と近づいてきた恭介は挑発するように胸を突き出してくる。

 腰に当てている手に力がこもっているのは、そうやって制服の裾を強く押さえていないと、胸に入れているものが落ちてしまうのだろう。


 思わず生唾を飲む。


 このふくらみ。

 確かに、触りたい。

 我ながら馬鹿馬鹿しいが、これがオスの本能なのか。


 凛太郎は少し震える手をゆっくりと恭介の胸に伸ばした。

 そして、触れる。


 ……硬い。


 凛太郎が喜ぶと思ったのか、恭介が「あん」と変な声を上げる。


 分かった。

 これは将棋の駒の箱の感触だ。

 ドキドキして触ったものが、毎日見ている駒の箱。

 そう理解すると、無性に腹が立って、凛太郎は力を込めて箱を揺さぶった。


「ああ、ダメだって」

 触っていない方のふくらみがするっと下に落ちていき、制服の裾から将棋の箱と駒が床に落ちた。

 乳首は歩だったのか。「たろちゃん!そんな荒っぽいやり方したら女子に嫌われちゃうよ」


「ごめん。何か、硬くてイラっとした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る