第10話 こんなところに、なぜ

 昼休みに凛太郎は恭介とトイレで並んで用をたしていた。

 恭介がふざけて覗きこもうとしてくるので、「おい。ちょっとぉ」と抗議しながら小便器にぎりぎりまで近寄る。


「たろちゃん」

「ん?」

「これ、どう思う?」

「これって?」


 凛太郎は恭介の視線の先を見た。

 そこは用をたす二人の目の前にある幅二十センチメートル程度の平らな部分。

 鞄が置けるぐらいのスペースだ。


「この異様な存在感を放つ、黒々とした一本の縮れ毛だよ」


 確かにそこには恭介の指摘通りのものが存在している。


「これって、あれ、かな」

「紛うことなき、陰毛だね」


 言葉にするのをためらったのに、恭介に正解の二文字をはっきりと言われ、凛太郎はまごついた。


「あぁ、うん。でも、何でこんなところに?」

「変だよね」

「そだね」


 ここはトイレだから、陰毛が落ちていてもおかしくはない。

 小便器の前に立って、あれを出している間に陰毛が抜け落ちることは当然起こりえる事象だ。

 しかし、自然の摂理からして、落ちているとしたら、股間よりも下であるべきだろう。

 勝手にふわりと上昇して、便器よりも高い荷物置き場の平らな部分に着地することは、常識的にあり得ない。


「でもさ、陰毛って不思議なところに落ちてたりするよね。図書室の本棚とか、下駄箱の上とか、自動販売機のつり銭が出てくるところとか」

「自販機はさすがにないでしょ」


 どういう状況になったら自動販売機のつり銭が出てくるところに陰毛が入るのか。


「本当だって。俺、実際にやられたから。つり銭と一緒に誰かの陰毛を掴んだ時の気持ち、たろちゃんに分かる?あのやり場のない怒り。きっと、誰かが困れば面白いっていう自分本位な考え方しかできない人間の仕業だよね」


 確かに、もしそんな災難が我が身に降りかかったらと思うと、恭介には同情しかない。

 しかし、わざわざそんなことをする人間がいるのだろうか。


「もしかしたら、ジュースを買う時にお金と一緒に入っちゃったのかな」


 凛太郎は自分でも無理だと思う可能性の一つを提起した。


「んな馬鹿な」


 突然、恭介が「フッ」と強く吹いて、例の縮れ毛をこちらに飛ばしてくる。


「うわっ。やめてよ」


 陰毛はススーっと動いて、凛太郎の目の前で止まった。


 凛太郎は素早く小便を済ませ、恭介の背後を小走りで通り過ぎ、洗面所で手を洗う。


「それにしても、あれはダメだよね」


 平気な顔で隣にやってきた恭介も蛇口をひねる。


「あれ?」

「さっきの陰毛。あれが載ってるってことは、ちゃんと掃除してないってことじゃん。掃除当番はどこのクラスだよ」

「でも、昨日の掃除の時にはなかったのかもよ」


 校内の掃除はクラスごとに持ち場が決まっていて、放課後に行うことになっている。


 凛太郎と恭介は並んで歩きながら教室に向かう。


「いや、あったんだよ」

「昨日も見たの?」

「見たって言うか、俺が置いたんだ」

「へ?何のために」


 愕然がくぜんとして凛太郎は恭介の顔を見た。


「ちゃんと掃除をしてるか、調べるためだよ」

「愉快犯なんじゃないの?そういう人が、自販機のつり銭のところに仕掛けるのかもね」


 凛太郎の言葉に、「いや、それとこれとは全く別……」と恭介は一旦反論しかけたが、「ちょっと忘れ物」と言って、何を忘れたのか、トイレに走って行った。

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