第8話 エロ動画(その1)

 童貞ミーティングが始まって一か月ぐらい。

 恭介が部室で四角い板を凛太郎にそっと、素早く差し出した。

 違法な薬物の取引のように。

 何かと見たら、タブレット型PCだった。


「家に帰って、たろちゃんの部屋で一人っきりのときに、ここの、ここにある、このファイルを起動して」

 恭介はいつになく真剣な、訴えかけるような目で操作方法を示す。「絶対にイヤホンを使うこと」と何度も念を押される。


「何?何のデータなの?」


「たろちゃんを心の友と思ってこれを預けるんだ。誰にも見られちゃだめだし、明日には必ずこの部室で俺に返してよ」


 何だか日本昔話のような脅し方だ。

 しかし、「心の友」だなんて言われたら、受け取らざるを得ない。

 凛太郎は生まれて初めてもらったフレーズに、喜びと緊張でドキドキしながら、黙ってリュックの奥に仕舞い込んだ。


 夜。

 家族が寝静まったころにタブレットを取り出す。

 イヤホンをしっかり差し込んで、言われた通りアイコンをタッチする。

 すると、画面に現れたのは、……いわゆるエロ動画だった。


 場面は教室。

 色っぽく言い寄る若い女性教師。

 されるがままの男子生徒(見た目が明らかに女性教師より年上だが)。

 学校という公共かつ神聖な場で繰り広げられる欲望の絡みに、凛太郎は時間を忘れて没頭した。


「どうだった?」


 翌日の部室。

 試験の結果を聞くような緊張した面持ちで恭介は凛太郎を見た。


「どうって……」


 何と答えたら良いのか分からない。

 エロ動画の感想を訊かれていることは分かっているが、凛太郎は恥ずかしさでカッと顔の表面を火にあぶられたような熱を帯びる。


「ダメだった?」


 恭介の目にがっかり感が漂う。


「いや、ダメって言うか……」


「じゃあ、何?」


「何って言われても」


「たろちゃん!」


「ん?」


「たろちゃんはもう俺の質問には答えざるを得ないんだよ。だって……」


 恭介がいやらしく口の端を歪めて笑う。


「また、それ?」


 恭介には見られてはいけないものを見られた。


 あの時、この部室で、どこから入ったのか凛太郎の股間を大きなアリが這いまわった。

 極度の虫嫌いの凛太郎はそれを取り除こうとして、ズボンを下ろし、窓際に立って、パンツの中を手でまさぐった。

 非常にまずいことに、それを恭介に見られてしまった。

 目撃した恭介は「ごめん」と言って素早く立ち去ってしまった。

 恭介は凛太郎が部室で一人でエッチなこと(しかも窓の外を意識して、露出するのを楽しんでいるかのように)をしていると勘違いしたのだろう。

 凛太郎が慌てて追いかけて、事情を説明したが、恭介は信じてくれたのかどうか……。


 そして、恭介は時折、その時のことを凛太郎を脅すように持ち出すようになった。


 どれだけ否定しても、恭介は「分かった、分かった」と言いながらニタニタ笑うだけなので、凛太郎には徒労感しかない。


「まあ、たろちゃんのあの瞬間を見たから、俺もこういう動画をたろちゃんに見てもらう気になったんだ。たろちゃんは信頼できるって確信できたからね」


「信頼かなぁ。弱みを握ったって思ってるだけじゃないの?」


 恭介は「そんなことは……」とごにょごにょ言って苦笑いを浮かべる。


「で、どう?嫌いな感じ?」


「そんなことない。そんなことないけど」


「けど?」


「びっくりしたって言うか、その……」


 心臓がバクバク動く。

 エロ動画の感想について他人と話すというこれまでにない緊張と、昨日観た、実際には返すのが惜しくなって今朝も開いてしまった動画の内容が頭に蘇っての興奮とで、持て余すほど血がたぎる。


「興奮しなかった?」


「……した」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る