第7話 一生の不覚

 虫?

 まさか!


 凛太郎は一瞬自分の感覚を疑った。

 しかし、カサカサと肌の上をうごめく気配は虫以外に考えられない。


「クッソ、マジか」


 凛太郎は慌てて立ち上がった。

 ためらいなくズボンのベルトに手を掛ける。

 相棒の恭介は腹痛で先ほど帰って行った。

 従ってこの将棋部の部室には凛太郎しかいない。

 事は一刻を争う。

 凛太郎は一思いに制服のズボンを膝まで下ろした。


 アリ?

 クモ?

 ダンゴムシ?


 感触からして小指の爪より小さいぐらいだが、どんなにちっぽけなものであっても、虫に関しては落ち着いていられない。


 凛太郎は虫が大嫌いだ。

 見るのも触るのも嫌だ。

 それなのに奴はあろうことか凛太郎の股間の辺りを行ったり来たりしている。

 想像しただけでもおぞましい。

 早く、早く奴を体から払いのけたい。


 トランクスタイプのパンツの中を上から覗き込む。

 が、薄暗くて分からない。

 虫は凛太郎の股間の毛の部分からアレの脇を通って、肛門の方へって行ったようだ。


 凛太郎は一歩窓際に寄ってパンツの中に光を注ぎ込んだ。

 しかし、虫の居所は見えない。

 試しに腰を前後左右に振ってみるが、奴は凛太郎の肌をつかまえて離さない。


「あー、もう」


 非常事態だ。

 凛太郎は右手をパンツの奥に差し込んで、カサカサ動いている辺りを探った。


 その時、凛太郎の背後でドアが開き、「あー、すっきりした」という恭介の声がした。


「うわっ!たろちゃん?」


 何故?

 何故、恭介が戻ってきたのか。


 凛太郎はとっさの事態に身動きが取れず、そして心の中の何か大事なものがガラガラと崩れていく音を聞いた。

 この状況を他人に、恭介に見られたのは、まさに一生の不覚だった。

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