第2話 そっくりな部分(その2)
「股間」
恭介は一際高く音を立てて、飛車を龍に成らせた。
「それって……毛だけでしょ」
くだらない。
凛太郎は恭介の話に少しでも興味を示した自分が恥ずかしかった。
興奮気味の恭介とは対照的に落ち着いて駒を動かす。
「その、毛があるのが重要なんじゃん」
恭介は手を止めて陰毛の重要性を熱く説く。「女子もあそこに毛が生えてるじゃん。で、男の体で他にあんな風に縮れ毛があるのは脇だけでしょ。でも脇は女の子のあそことは似ても似つかないじゃん。だとしたら、俺は自分の股間に活路を見出すしかないわけだよ」
「なるほどね」
凛太郎はもうどうでも良くなってきているが、恭介の熱量を発散させるには少し付き合うしかない。
「で。あとはそこに男のアレがなければ、完璧になるってことじゃん」
「そうかなぁ」
それで完璧って、どういう完成度なのか。
「そうだって。それで俺が編み出したのが、太ももにアレを挟んで隠すって技。挟んで上の方から見ると、どう?想像してみてよ。そっくりになるでしょ」
そんなこと想像するまでもない。
「そういうのって、小さい頃にやって、すぐに卒業したけど」
将棋を指していると、自分の手が勝手に動いているような感覚になることがある。
相手がこう来たらこう返す、という手順が身に染みついているのだ。
そんな時に会話をしていると、口が勝手に動いていることもある。
見つめ合わず、盤面に目を落としたままだから話しやすいのかもしれない。
「え?マジで?小さい頃っていつ頃?」
「んー。小学校の五、六年とか」
「たろちゃん、頭がいいのは知ってたけど……天才なの?」
そんなこと感心したように言われても、全然嬉しくない。
「いや、高校生になって、初めてっていう方がレアなんじゃないかな」
「マジかよ。そうだったのかぁ」
恭介はがっかりしたように背もたれに身を委ねて天井を仰ぐ。
しかし、すぐに、姿勢を戻して眼鏡の向こうから挑戦的な眼差しを送ってくる。「でも、そこで終わらなかったのが俺の偉大なところなんだよね」
この無駄話にまだ続きがあるということは、少し凛太郎を驚かせた。
「どういうこと?」
「アレを太ももに挟んだことで見た目は一気に近づいた。だけど、次の瞬間に俺はすごくうんざりするんだ。太ももの毛が目に入ってしまってね」
凛太郎は自分の股間を見下ろした画像を頭の中にイメージする。
「それは分かる気がする」
「太ももに剛毛がたくさん生えてる女子なんて絶対に嫌じゃん」
「絶対にね」
凛太郎もそこは力を込めて同意した。
「で、俺はすぐさまコンビニに行って、シェービングクリームとT字剃刀を買った」
「まさか」
凛太郎は恭介の行動力と馬鹿さ加減に驚嘆する。
そんなくだらないことに、どうしてそこまで熱くなれるのか。
「お。珍しく驚いたね」
それだけで恭介は大いに満足そうだった。「太ももの毛を処理したら、納得の出来栄えだったよ。たろちゃんにも見せてあげたかったな」
「もう見せられないの?」
「見たい?」
「いや、いい」
男の、ぽっちゃり体形の恭介の太ももなんか見ても、何も嬉しくない。
「写真撮ってあるよ。見る?」
恭介がゴソゴソとズボンのポケットに手を突っ込む。
「だから、いいって」
恭介のスマホに映っているものは恭介でしかない。
恭介の股間の画像を格納しているそのスマホですら汚らしくて触りたくない気がする。
「実はさ」
恭介の指が盤上に戻ってきて、盤上のやり取りにまた一定のリズムがもたらされる。「俺、肌が弱いから、太ももが剃刀負けして、今、すごくヒリヒリするんだよね」
「馬鹿だね」
凛太郎の言葉に恭介は口元をへの字に歪めて頷いた。
「馬鹿な話だからこそ、誰かに聞いてもらいたかったんだ」
「それは分からなくはない」
「次からは肌に優しい脱毛クリーム、使うわ」
「え?次があるの?」
凛太郎にはよく分からないところで恭介は不屈の闘争心を見せるときがある。
「未来のことは誰にも分からないからね」
恭介の心のこもっていない調子にさすがに脱毛クリームは冗談なのだと分かる。
「その時は特に報告は要らないから」
「こういう無駄で恥ずかしい報告ができるのが、このミーティングのいいところじゃん」
二人がこんな誰にも聞かせられない会話をするミーティングを始めたのは、少し前のことだ。
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