愛を知らない僕達は

 風呂場から聞こえてくる、シャワー口から勢いよく噴き出ては、タイルに打ち付ける温水のザーザーという音だけが、広い室内に響く。

 ここは、駅近くのラブホテル。いかがわしい出会い系サイトで知り合った、自称三十路過ぎの「トモ」と名乗る男性と共にその場の流れで立ち寄ったのだ。

 現在シャワーを浴びている、知っているのはハンドルネーム唯それだけの男性と、これからなにが行われるのかくらいは僕にだって容易に想像がつく。

 高校生になったばかりの僕の身体は小さく、やけに大きなベッドに四肢を目一杯広げ寝転がると余白面面積が酷く目立った。それが嫌になり、スプリングをギシと軋ませ、すぐに上半身を起こした。


 トモと待ち合わせた駅前のカフェへ向かう最中から今の今まで、着信が止まずスラックスのポケットが小刻みに振動している。いい加減に鬱陶しくなりポケットから携帯を取り出せば、母親の名がディスプレイに表示されていた。面倒だなと思いつつ、一方では仕方がないかと母に同情の念を抱き、そっと通話ボタンを押した。

「帰らないなら連絡くらい入れなさい」

「明日は帰るから」

 言いながらベッドの端に移動し、床に足をつけた。

「友達と仲が良いのはいいことだけれど、夜遊びは程々にしなさいね」

「わかってる。咲也達が呼んでるから切るよ」

 通話を早々に切り上げ、携帯を軽くベッドへ投げつけた。

 一つ溜息を吐き立ち上がり、気分を変えようとゆっくり歩みを進め、掃き出し窓をガララと開けた。

 少しの段差を跨ぎベランダへ出れば、心地良く暖かな微風が僕の髪を撫でた。風は良いが、眼下に広がるネオン灯が目に煩く、夜空の星がちっとも見えやしない。風情がないなと内心毒づいた。こんな夜くらい満天の星を見てみたかったと思う僕は、案外ロマンチストなのかもしれない。


 浴室扉を開く音がした。途端、むわりとした湿気と共に石鹸の香りが部屋へ流れ込む。

 バスローブに身を包んだトモが、黒髪の先に滴る雫を気怠げに払いつつ部屋へ戻って来た。

「テレビでも観ていると思っていたのに」

 トモへ振り返り、僕は少し困ったように微笑んだ。

「U君は浴びないの?」

 どうしようかと少し考えたが、

「どうせ汚れるので後で浴びます」

 と答えておいた。大人のマナーに反することを言ったので嫌な顔をされるかと思ったが、トモは

「そっか」

 と、特に気にも留めぬ様子で、備え付けの小さな冷蔵庫から緑茶を取り出した。



          ・



 彼の腰かけた側へ膝立ちとなり、自らスクールシャツのボタンを外していく。わざと、ゆっくり。

 目の端で彼の様子を伺う。彼の視線は僕の手の動きを追っているようで、ただただ本能的に動いているものを見てしまっているかのようでもあった。

「今更なこと言ってもいいかな」

「なんですか」

「その気はない」

 ボタンを五つほど外したところでそう言われ、呆気にとられてしまった。

「目が泳いでる」

 と揶揄うように笑うバスローブ姿の彼を、僕はただただ目を丸くし、見つめることしか出来なかった。

 一頻り笑い、「はーあ」と息をついて彼は言った。

「男子高校生を抱く悪趣味は俺にない」

「じゃあ、なんで。あんなサイトを利用してるんですか」

 頭で考えるより先に、口から疑問が飛び出した。

「気の迷いだよ」

 真っ暗なまま沈黙を貫くテレビをふと見据え、彼は溢した。よくわからない人だなと思った。

「U君もそうでしょ?」

「そう、かもしれません」

 彼にへらりと笑いかけられ、僕もつられて微笑んだ。

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