夏夜

「他人に寄せる好意なんて、微熱なくらいが丁度良いんだよ」

 玄関門のある段差へ俺と少し間を開け座る幼馴染の男は、時折このように物事の核心を突く。

 半分ほど残ったラムネを持ち上げると、冷えた瓶内と鬱陶うっとうしくまとわり付く夏の熱気の差により生じた水滴が掌を潤した。炭酸が抜け、爽快感や温度のぬるくなったラムネは喉に優しかった。

「なんでまたそんなことを」

 閑静かんせいな深夜の住宅地に、俺達の声は静かに響いた。

「色恋沙汰の例え話で、濃いジュースばかり飲み続けると飽きるが、味の薄い水は飽きずに飲み続ける事ができる。ってよく聞くだろ?それと一緒だ」

 だからどうしてそんなことを言い出したのかを知りたい、と思い隣を見遣った。そこにはずっと正面だけを見据え、

「余計なことは聞くな」

 とでも言いたげに物憂げな顔をした幼馴染が居た。おそらく、溺愛できあいしていた彼女に振られでもしたのだろう。

「あぁ、なるほど」

 深掘りはせずただ話を聞く。これが、俺に出来る精一杯の慰めだ。

 幼馴染の左足と俺の右足の間から、蚊取り線香特有の好いとも嫌ともとれる独特な匂いを乗せた白い煙が立ち昇っていた。

「双方の好意の温度が高ければ高いほど恋は燃え上がるが、消えるのも早いって訳だ」

 先刻自身がコンビニで購入したのであろう花火セットを、ガサガサと大きな音をたてレジ袋から取り出した。

 油が足らずギィギィと鳴る自転車を、額に汗を滲ませ漕ぐ姿が目に浮かぶようだ。

 一番スタンダードな花火を引き抜きライターでその先端をあぶる幼馴染は、爽やかな白のシャツがよく似合う褐色肌かっしょくはだをしていた。

 ボッと火が付き、色とりどりの光が眩しい程に輝いた。火花は、色を灯したと思うとすぐに地面へ落ち姿を消した。

「こんな風にさ」

 ドキドキしいてたらいつの間にか終わる。と言葉を紡いだ幼馴染の瞳は、涙で濡れていた。それは花火の煙によるものなのか、失恋がもたらしたものなのか俺にはわからなかった。

「うん」

 俺が頷くのを見届け、水を張ったバケツに先程の花火を投げ入れた。

「微熱の恋なんて、俺にはわかんねぇよ」

 弱々しく呟いた幼馴染は、飼主に叱られしょげている子犬のように可哀想で痛々しく映った。

「ちょっと、それ貸して」

 と花火セットを指差し言う俺に応じ、素直に手渡した。

 固定するために貼られたセロハンを丁寧に剥がし線香花火を手に取ると、幼馴染に先端を炙るよう促した。カチッとライターが音をたて、小さな炎がついた。

「微熱の恋っていうのはさ、こういうことだと思う」

 着火すると、直径五㎜程度の火球が確かな光を灯した。

 次第に黄色くパチパチと輝き、激しさを増した火花が四方八方へ散る。

 俺は大きくなりゆく火球を落とさぬよう、線香花火を持つ右腕に神経を集中させた。

 勢いが衰え、火球から飛び出す火花が細くやや下を向き始めた。

「綺麗だ」

 幼馴染は優しさを含んだ眼差しを火花へ向け、静かに見つめた。

 火花は散るのをやめ、重く垂れ下がる火球が色を失い地面へポトリと落ちた。

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