第2話 未だ戦場

 けたたましい鳴き声が暗闇を切り裂く。夜に響く白い馬の咆哮。これは夢だ。そうでなければならない。私に向かって一目散に走ってくる猛獣を見た。これが最後か。最後の、世界か。今私が踏みしめるこの土の下には、かつてヒトだったものがいるだろう。足元に確かな寒気を感じる。堪えていたのに、無様に肩が震える。恐怖で立っていられなくて、地面にひれ伏した。彼を探して、もう50年も経ってしまった。毎日毎日、必死になって彼を探した。その情熱に、私を知っている者は驚き、そして呆れた。戦争中に健気に私の帰りを待っていた妻は、「彼と愛を誓い合ったんじゃないの」なんて言って5年前に出ていった。それから3年して、彼女が死んだと便りが届いた。最後の涙も拭えなかった。

 (ごめんよ、エリー)

届かない懺悔は止め処なく溢れた。土の味がする。なぜ泣くんだ?

(そんなんじゃなかったんだ。)

因縁みたいな、くそみたいな感情なんだ。これをお互いぶつけ合って、俺たちは戦場を生きてきたんだよ。

(そうするしか、なかった。一抹の希望さえなかったから。)

あいつは俺を裏切って、俺はあいつの腕をもいだ。これは愛だ。その通りだ。しかしそんな、そんないいもんじゃない。

 「よぉ、」

亡霊の声がする。違う、これは幻覚だ、うるさい!

「うさぎちゃん、まぁだ俺を恐れているのかぃ」

この世で一番待ち望んだ声がする。頼む、消えてくれよ。

《それともお前が手にかけた娘の幻想か》

酒を、酒を分けてくれ。通りかかった 酒屋の女将が俺を見下ろす。

「一昨日来やがれ」

声がして、小さな手が俺の腕をつかむ。やぁ、エリー。ああなんてことだ

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