私の愛しい、

maria :-)

第1話 私の愛しい、私の嘘つき。

 地下鉄のホーム。また今日も地下鉄のホーム。毎日毎日、生活があった。頼んでもいないのに時間は過ぎていくし、望んでもいないからいつもちょっとだけ不幸せだった。痩せすぎて骨が浮き上がった手に、不釣り合いに虚勢を張った指輪。憧れの赤い石が付いた、ヴィクトリア朝のデザインのやつ。

 手の指輪を弄りながら、不意に目についた反対のホーム。女優の顔がでかでかとデザインされた広告。赤い口紅にたっぷりな黒髪。特徴のある切れ目が、その広告をより一層印象的なものにしている。

 その前に、同じ顔をした女が立っていた。真っ黒なトレンチコート。地下鉄のホームドアで、上半身しか見えなかった。 彼はじっとこちらを見つめている。俺を?そうだ。だって、他に誰もいない。いや、いや、こんな昼間にこの電車に乗る人間なんてまずいないのだ。


テレビは見ない俺だが、彼の顔はよく知っている。彼の口が動く。なにを言っているのかは聞こえなかった。しかし、それでよかった。彼の話した内容など、今この瞬間この場所で私たちの前に横たわるにはあまりに陳腐な事柄である。急行が目の前を通りすぎる。


次に視界が開けたとき、彼はもうそこに居なかった。あとには広告だけが微笑み続けていた。

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