第3話 彗星の音色

キーーー                …ン



キーーー                …ン



バァ     バァ     バァ


探査船の外から音が聞こえる。

「真空なのに… 音が聞こえる」

「宇宙が泣いているみたい…」

「あぁ、泣いているのさ」

「誰かに気付いて欲しくて、歌っているのかもな」


 振動物質がない宇宙空間で、音が響き渡る。

 それは銀河の中心に近づく程に強く、豊かになってゆく。

 見えざる物質が顕在化し、あらゆる物の密度が濃くなる空間では、その圧力によって音になる事がある。


流氷の軋みのように


キーーー                …ン


 美しい音色と共に、きらめいては消えてゆく光星の映像を、船内に浮かびながら見つめる、アルフレッドとエレン。


「マスター・アルフレッド」

 ヘルメスがアラウンド・スクリーン視界を覆い尽くすスクリーンから宇宙そらを見つめるアルフレッド達に近付いてきた。

「どうしました、マスター・ヘルメス」

「前方に、重力光速路ハイウェイを移動する彗星が現れてきました、こちらが追い付いたようです」

「何か特異な事はありますか」

「いいえ、特にありませんが、一般的な岩石彗星です」

「そうですか」

 アルフレッドは前方に見えてきた、蒼白い尾を見つめながらヘルメスに声を掛ける。

「一応、ルートはトレースしておきましょう」

「それとデータの取得もお願い出来ますか」

「了解しました」

 アルフレッド達は、クルー達の下に戻ると、前方から徐々に近付いてくる、青色に輝く彗星の尾を見つめながら、彗星の観測を始めた。


…ピッ、ピッ、ピッ、ピッ 宙域圧力上昇

 メインパネルの付近に浮いているインジケーターの数値が、ゆっくりと上昇してゆく。


ゴォォォ…     ォ  ォ    ン       …


 彗星は微妙な振動と共に、不思議な音色を奏でながら探査船の上を通り過ぎてゆき、

船内はその美しい蒼白い光で灯され、その音色と共に彗星から発せられている微妙な振動が彼らの身体を揺らした。

「綺麗だな… それと珍しいな、彗星の音が聴けるなんて」

「衝撃音かしら、この辺りもだいぶ密度が高くなっているみたいね」


「マスター・アルフレッド」

 ヘルメスが情報パネルを表示しながら、アルフレッドを呼んだ。

「彗星から未知の複合周波サイマティクスが観測されました」

「データベースに無いタイプの周波です」

「人工的な物ですか」

「今のところ不明ですが、複雑で複合的な周波が定期性を持って繰り返されています」


「… どう思う、エレン」

「何かしらの複合周波サイマティクスを発生しているのなら、彗星内にコアを持っているのかも知れないわね、それが炭素のコアだったら、未知の生命との繋がりがあるかも知れない。とても興味があるわ」

 アルフレッドは頷くと、左に振り向き、隣にいたヴィッカリー博士の顔を見つめ、博士にも問いかける。

「ヴィッカリー博士は、どの様にお考えですか」

「常に複合周波サイマティクスを発生させているなら、コアの活動が活発な惑星なのかもしれないな」

「プラネテス。単独で移動をしている、さまよえる惑星」

 腕を組みながらヴィッカリー博士が応え、その腕を解き情報パネルの一つを引き寄せると、それを見ながら更に話を続ける。

「それと、サイマティクスを発している事を考えれば、何かしらの磁性を発生させているかもしれない」

「いずれにせよ、重力光速路ハイウェイを移動するなんて普通の彗星ではない。警戒をしておいた方が良いな」

 生命科学者であるエレンの答えと、物理学者であるヴィッカリー博士の考えを聞き、この彗星の対応をどのようにすべきか、少しの間考えていると、


「マスター・アルフレッド、彗星のルート計算が終わりました」

 ヘルメスが計算を終え、情報パネルを表示させながら、アルフレッド達に声を掛けてきた。

「彗星のルートですが、約38%の確率で太陽系の宙域、オリオン・アーム付近を通過しています」

「これまで太陽系が天の川銀河の周囲を約二十四周した事を考慮すると、幾度か太陽系を通過している事になります」


「…興味深いな」

 状況を考えあぐねていたアルフレッドが顔を上げ、その表情が変化し始める。

「太陽系、もしくは地球の進化に関わっているかもしれないな」

 そして、ヴィッカリー博士が興味深い考察を言葉にした。


「そうか!」

 その言葉を聞いたアルフレッドは、何かを思い付いたかのように言葉を上げ、

「マスター・ヘルメス、詳細なルートをシミュレートし、彗星が通過すると思われる星域を割り出して頂けますか」

 ヴィッカリー博士の考察から、彗星の行く先に何かの可能性を見出した。

「了解しました、マスター・アルフレッド」


―突然、目の前に現れた彗星。

 その美しい姿を見せる彗星が地球に幾度か接触している可能性が高まり、地球の進化の謎と共に、SZ-N4の研究者達の心を引き付けた。


 約四十六億年前に発生したと考えられている太陽系、その誕生と惑星の形成は、未知の部分が多く、その解明に繋がるかも知れない手掛かりが今、その美しい姿を見せながら目の前を通過し、


ゴォォォ…     ォ  ォ    ン       …


 その美しく輝く蒼白い色の尾と、不思議な音色サイマティクスを奏でながら通り過ぎる魅力的な彗星の姿に、アルフレッドの心は魅了され、奪われていった。


「マスター・アルフレッド、彗星の通過が予想される惑星系が判明しました」

 アイスブルーに光るセンサーグレアリング・アイをより一層、輝きが増しながら、ヘルメスが表示する、彗星の軌跡を示した立体映像を見つめるアルフレッド。

「ここから3.7パーセク前方に、太陽の2.3倍の恒星を持つ、未知の惑星系があります」

「今までは、密集する星雲に囲まれ、あまり詳細には観測されていなかったようですね」

 マスター・メーティスが星雲の立体映像を動かし、未知の惑星系を拡大する。

「なるほど今まではサジタリウス星雲の星々で観測できなかったが、その奥にあったのか」


 アルフレッドが腕を組み立体映像をみつめ、少し考えると、クルー達に視線を移した。

「先にトランスファー素粒子転送装置で少数を転送するか」

 するとマクシミリアンが右手を出し、フローティングパネルに何かの情報を表示させて、アルフレッドの前に出した。

トランスファー素粒子転送装置なら準備を含めて五日あれば十分だ」

 既にシミュレートを終えていたマクシミリアンは、得意気にアルフレッドの問い掛けに応えた。


「よし」

「今回の任務はサジタリウス星系の探査が目的だ」

「その探査において、我々が出会えていない何かが発見された場合は、その調査をする事が任務になっている」

「あの彗星はこの星系にある未知の惑星系に通じている可能性が出てきた」

「その未知の惑星系探査を進めるべきであると考えるが、皆の意見はどうだ」

アルフレッドがクルー達を見ながら問いかける。

「そうだな、私はその未知の惑星系探査を支持する。重力光速路ハイウェイを移動する彗星が、他の惑星に接近した時の、周辺宙域の物性変化も知りたいしな」

 ヴィッカリー博士が右手を上げて賛同し、

「そうなれば、新しい元素が発見できるかもな」

 マクシミリアンも右手を上げ、続けて賛同する。

「その他はどうだ、同意ならアプルゥーヴパネルにサインしてくれ」

「OK、アルフレッド」

「昔、ジェフリー博士が言ってたわ、運命の扉を開けって」

 エレンも賛同し、残りのサンダース、イェーガーも了承すると、 全員がアプルゥーヴパネルにサインを終え、


〘 サジタリウス、未知の惑星系探査は承認されました 〙


そのサインはヘルメスに記録され、惑星系探査の実行が決まった。


運命フォルトゥーナの扉か…」

 懐かしい言葉だった、アルフレッドとマクシミリアンの恩師であるジェフリー博士が追い求めていた物質の名前である。


「フォルトゥーナ・エスト・ロトゥンダ」

「ジェフリー博士はそれを求めて飛んで行ったんだよな」

「マックス、今回、俺達が行く未知の惑星系の名前は、フォルトゥーナ運命にしないか」

「いいね、その扉が開いてジェフリー博士に会えるかもな」

「よし!、今回の惑星系の名前はフォルトゥーナに決まりだ」


ピィン!

 指を鳴らしてアルフレッドがそう言うと、

「フォルトゥーナには、俺とトーマス、エレン、ヴィッカリー博士が向かう」

「マクシミリアンとサンダース、イェーガーは探査船をアンカー・ポイントの位置まで進めてくれ」

「始めるぞ!」


 サジタリウス探査チームは二班に分かれ、未知の惑星探査が開始した。

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