第2話 アトミック・ナンバー223

 薄暗い船内の空中に、複数のモニターが空間に浮き、そのモニターに様々な情報を表示させながら、船内の各所で探査船の確認作業を進めるArdy達。

 この探査船、サジタリウスNo.4(探査船ナンバーSZ-N4)は建造から数十年が経過し、その経年劣化の確認と、新しい装備を取り付ける作業を、それぞれの分野に分かれ、作業を進めていた。


 船内のメインパネルでは、アルフレッドとマクシミリアンが作業全体の進捗をコントロールし、新しく建造した光速移動を可能にするスラスターのチェックを進め、彼らも空中に複数のモニターを表示させながら、その前に立ち作業をしている。

 しかし彼らは機材やインターフェイスを直接操作する事は無く、意識をシステムにダイレクトリンクさせて作業しており、その一切微動だにしない姿は、人間のそれではなく、機械そのものであった。


≪ マックス、各機器の状態はどうだ ≫

≪ そうだな、大体大丈夫だが、新たに建造したサブスタンス・インダクション・スラスターのフレームに転送エラーが発生しているな… 強度は15%ダウンだ≫

 船体全体のチェックをしていたマクシミリアンが、メンテナンスモニターを見ながら、ダイレクト通信でアルフレッドに応えた。

≪ ここでの15%は大きいな ≫


ヒュゥ…

 アルフレッドのアイスブルーに光るセンサーグレアリング・アイが淡く光り出し、硬直した体が何かから解き放たれたように動き出すと、後ろを振り向き、

「サンダース、イェーガー、ちょっと来てくれ」

船内の奥で作業をしている二人に声を掛けた。


ガチャ、ガチャ、ガチャ

「どうした、また面倒な事か」

 少し面倒そうな声色を発しながら、物理工学者のサンダースとイェーガーが、メインパネルで作業をしているアルフレッド達の所へやってきた。


「あぁそうだ、ちょっと厄介な問題だ」

アルフレッドは二人にアラートが表示されている情報パネルを二人に見せ、会話を続ける。

「このFブロックのサブスタンス・インダクション・スラスターのフレームに転送エラーが発生している、これもチェックしてくれるか」

「データを見せろ」

「あぁ、これだ」

 データをサブモニターに移動させると、それをサンダースとイェーガーに渡し、モニターを受け取った二人は作業を始めた。


カタカタカタカタ…

 メインパネルとサブモニターのデータを連携させながら、フレームのエラーを調べるサンダースとイェーガー。

「…」

「…」

 様々なデータをサブモニターに表示させながら、次々と入れ替えてゆき、サンダースが物理的な検証作業を進め、その横でイェーガーが外的要因を探り、その検証作業で使用したモニターが積み上がって行く。

「…」

 積み上がるモニターを見つめるアルフレッド。


 すると、サンダースの動きが止まり、顔を上げ、アルフレッドに顔を向けた。

「アル、探査船の位置は確認したか、元素が足りないぞ、アトミック・ナンバー223だ」

「やはり転送エラーか…」

 ある程度、予測していた内容だったが、問題はその原因である。それを探らなければ、これ以上、この宙域で探査を進めるのには危険が大きく、先には進めない。

 アルフレッドはそれを探るべく、少し離れた場所にいたヘルメスに声を掛ける。


「マスター・ヘルメス」

 その声に気が付いたヘルメスが、アルフレッド達の所へ歩み寄ってくる。

「どうしました」

「急いで、探査船の位置とアンカー・ポイントを照合して頂けますか」

「OK、アルフレッド」

 ヘルメスがアルフレッドの呼びかけに応えると、すぐさま複数のモニターを表示させ、データを照合し始めた。


「マスター・アルフレッド、現在サジタリウスNo.4の探査船は、

X方向に0.2pc(パーセク)、Y方向に0.036pc、Z方向に0.005pc移動しています」

「そうか… 地球方向に押されたな」

「しかし元素が無くなる程の距離ではないな…」

「マスター・ヘルメス、アトミック・ナンバー223が消失した原因はわかりますか」

「おそらく、アンカー地点の褐色矮星が消滅した事により時空が歪み、この宙域の組成が変化したと考えられます」

「なるほどな、褐色矮星の消滅により、探査船が元々いた宙域の宇宙密度が変化したのか…」

「はい、それに伴い宙域の組成が変化しかつ、その衝撃波で探査船が押され移動した為、アトミック・ナンバー223は原子核を保持できなくなり消滅してしまったと考えられます」

「その影響で、このフレームのデータ転送時に生成エラーが発生し、フレーム内部に空洞が出来てしまったんだ、アル」

 サンダースがアルフレッドにサブモニターを渡し、状況を説明すると、肩を軽く叩き、また元の作業に戻っていった。



― アトミック・ナンバー223 ―

 遥か昔の二千年代には、地球で存在する元素は118番までしか確認されていなかったが、技術の進化に伴い、遠い宇宙へと進出した人類は、宇宙密度が濃くなる宙域で新たに新元素を発見し、その元素を応用し活用する事で人類の技術進化が急速に拡大していった。

 このアトミック・ナンバー原子番号223も、新しく発見された元素の一つである。

 原子番号223の特徴は、重元素でありながら陽子が安定し、原子核崩壊が起きない為、結束が非常に強固で、組成変化を起こしにくい特徴があった。そして、原子番号も低い事から広い宙域で高強度の部材を生成する事が可能で、加重負荷が大きい部位のフレーム等に多く用いられていた。

 しかし欠点もあり、宇宙の密度が薄くなる宙域、特に太陽系付近では、陽子が活性化し放出され、原子核の崩壊が起こる為に消滅してしまい、地球では存在する事は出来なかった。

 このように新元素が存在できる範囲は限られており、その原子が存在できるか否かは、宇宙の密度が大きく関わっている。

 そして、その未知の元素が最も多く存在する宙域とは


銀河の中心である


 宇宙密度は星々がより多く集まる、銀河の中心に向かうほどに濃くなり、見えざる物質が顕在化し、豊かになってゆく。

 そんな未知の元素が多く存在する宙域へ、彼らは進出し探査を続けているのである。―




「マスター・ヘルメス、アトミック・ナンバー223が発生する宙域まで、どの位かかりますか」

「この近くに、重力光速路ハイウェイがありますので、それを使い準光速移動のアクシオン・ドライブで移動すれば、7.2パーセクの距離を、約二ヶ月で到着します」

「一年の長旅かよ」

 頭を抱えるマクシミリアン。

「新しいサブスタンス・インダクション・スラスターは使えませんので、従来のサブスタンス・スラスターでの航行になります」


「仕方ない、新しいサブスタンス・インダクションは光速移動には必要なスラスターだ」

 アルフレッドはそんなマクシミリアンをなだめる様に、右手を軽く上げ移動の指示をすると、次の作業に戻っていった。


 数日後、探査船 SZ-N4は、残りのチェックを終えると、地球を背に、銀河の中心に船首を向けて、アトミック・ナンバー223が存在する宙域へと動き出した。

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