第39話 学園祭

「たこ焼き、あと三個まだ?」


「今作ってる!」


 十一月某日、大学の学祭の日。俺はたこ焼きに忙殺されていた。


浩斗ひろと香奈かなはどこいった?」


「ま、まだ休憩中です……」


「早く呼び戻してくれ」


 手持ち無沙汰でうろついていた、一年生の後輩男子にそんなことを指示する。若干怯えているのは、俺が激しい形相で三面六臂の如くたこ焼きを焼いているからだろう。まともにたこ焼きを作れるのが、あと浩斗と香奈ぐらいなのにアイツら揃って休憩行きやがった。


 たこ焼きを同時に四十五個焼くことを数回繰り返していると、やっと浩斗と香奈が戻って来た。店の行列も無くなっているから意味ないんだよなあ……。


「おー、律は三面焼きやってんのか。すげー」


「律くんおまたせ~」


「本当に待たせすぎだろ。もう行列無くなってんぞ」


「まあ怒るなよ律。お前が喜ぶ人連れてきたぞ」


 そう言う浩斗の後ろには茜が立っていた。なんかいつの間にか仲良くなってるな。


「ということだから律くん休憩行ってきていいよ~」


「じゃあ行ってくるわ」


 エプロンと軍手を外して出店の裏から出る。なんか久しぶりに茜を見た気がする。というのも、学祭期間中は忙しさに加えて、昼の出し物が終わった後も飲みが頻繁に開催されるからだ。なんなら出店中に飲んでる奴もいる。


「りっくん食べたいものある?」


「特には無いな。失敗作のたこ焼き食ってたし。好きなもの選んでくれ」


「じゃあ、あそこのクレープ一緒に食べない?」


「いいよ」


 なんかこうして話すのも久しぶりだ。ここ三日間ぐらいろくすっぽ会ってなかったからな。


 適当な食べ物をかって空いているベンチに腰掛ける。やはり立ちっぱなしだったからか座れることに安心感を覚えた。


「はい、クレープどうぞ」


「お、ありがとう」


 俺はクレープを一口食べて、茜に手渡す。ベンチからぼんやりと周りの様子を眺めていると、ピーク時よりはいくらか客足が少なかった。夕日が眩しく視界を覆い、日が落ちるのが早くなったことを実感させられる。


「りっくんは将来やりたい仕事とかあるの?」


「ん? どうしたいきなり」


「ここ三日間あんまり会ってなかったでしょ。何年か経ったら、りっくんも私も働き出してそんな時間が増えるのかなって」


「もうそんな先まで考えてくれてんのか」


「べ、べつにいいでしょ……」


 茜を見ると、頬は紅潮し照れているようだった。夕日が当たっているからというわけでも無いのだろう。茜が将来まで考えてくれていることがやけに嬉しかった。


「そうだな……。実はもうやりたいこと決まってんだよな」


「何のお仕事?」


「弁理士」


「特許とか商標の申請をする仕事だっけ?」


「よく知ってるな」


「法律の授業も取ってるからね」


 弁理士は知的財産の専門家で、基本的には依頼を受けて出願の代理をするという仕事だ。資格を取れば成れることには成れるが、超絶難易度の国家試験をクリアしないといけない上に、実務経験も仕事をする上では必要になってくるっていう……。


「だからとりあえず、院には行くと思う。そしたら、どっかの企業に入ってしばらく経験積んで、その後やっと弁理士として仕事が出来るようになると思う」


「よく考えてるんだねー」


「茜は何かやりたい仕事とかないのか?」


「あるよ。私編集者になりたいんだ」


「ほーん、文藝系とか?」


「そうそう、だから卒業後は東京に行くと思う」


「じゃあ四年で卒業か」


「うん、院には行かずに就職するよ」


 俺は院まで行くから茜の方が先に就職することになるのか。いつまでも一緒に居られるわけじゃないんだよな。そんな当たり前のことに今更気付かされる。


「まあ安心してよ。大手出版社に就職して結婚資金稼いでおくから」


「頼もしいな」


 というか結婚まで考えているのか。勿論俺も意識はしているわけだが、ここまで気持ち良く宣言されると男らしささえ感じる。


「あ……、け、結婚とか言うと重かった……?」


「いや全然。嬉しいよ。俺も考えてはいるから」


「そ、そう……、良かった……」


 今更になって恥ずかしがるんかい。特に意識もせずに言ったんだろうな。まあ確かに、俺と茜は飯を一緒に食べるわ、風呂に一緒に入るわ、寝るところも一緒だわで、ほぼ同棲状態。なんなら茜の裸に見慣れてきたまである。慣れって恐ろしいな……。


「茜は格好良いよな」


「褒めてるのそれ?」


「褒めてるよ。今日でまた更に惚れた」


「ふ、ふーん」


 こうやってぼんやりとベンチに座って話すのも良いものだな。さっきまで熱くなった鉄板の前にいたから、少し冬を感じさせる風が心地良い。軽く微睡んでいると、紙が一枚俺の前に飛んできた。


「…………すみません、って律か」


「おー愛ちゃん。カノジョさんも一緒か」


 紙を拾って愛ちゃんに渡す。愛ちゃんがカノジョを連れているのは初めて見たが、大人しめで可愛らしい人だった。俺たちに気が付くとペコリと会釈をしてくれる。


「…………まあな、律も南正覚みなみしょうがくさんと一緒なんだな。夫婦で学祭見に来た人かと思った」


「愛ちゃんでも冗談言うんだな」


「…………いや、普通に。休日に公園でくつろぐ夫婦みたいな雰囲気だったぞ」


 愛ちゃんが純粋な目でそんなことを言い出す。本当にそう見えてしまったのだろう。喜べばいいのか恥ずかしがればいいのか。


「…………じゃあな律」


「おう、またな」


 手を振って愛ちゃんと別れる。カノジョさんとも仲が良さそうだ。あの強面の愛ちゃんの雰囲気が柔らかくなっていたのはそのせいだろう。


「っと俺もそろそろ戻んないと。じゃあ、茜ありがとうな」


「うん、行ってらっしゃい」


「んじゃ」


 気が付くと休憩に入ってから三十分も経っていた。時間の経過は早いものだ。茜と出会ってからも五ヶ月近く経っていることに気が付く。まさか五ヶ月でここまで近しい距離になるなんて思いもしなかっただろう。


「あ、そうだ。明日何が食べたい? 久しぶりだし何でも作るぞ」


「ロールキャベツ食べたい」


「また面倒なもの出してきたな……。手伝えよ」


「分かってるって」


 さっきといい、今のといい、夫婦っぽいやりとりでちょっと良いな、なんて気が早い事を考える。彼女とそんな関係になれる日は来るのだろうか。


 未来の事なんて分からないけど、なんとなく大丈夫な気がする。なんの確証もないけどきっと大丈夫。


 手を振って俺を見送ってくれる茜を見て、俺は一歩足を踏み出した。

 













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