第40話 帰省①
「なあ茜、俺変じゃないよな?」
「変じゃないよ。格好良い、格好良い。てかウチの親は超フランクだから気にしなくて良いのに」
「いやでも緊張するもんだぞ」
「知ってる知ってる。呼び鈴ならすよ」
大晦日の前日、俺は茜の実家にお邪魔することになっていた。そして今は南正覚家の目の前。俺はかつて無いほど緊張していた。
茜はそんな俺の様子も気にせず、玄関の呼び鈴を鳴らす。しばらくするとガチャリとドアが開いた。
「遠いところご苦労様~。律君初めまして~」
「は、初めまして、難波律と申します。茜さんとお付き合いさせて頂いております」
「ご丁寧にどうも~。上がって上がって」
俺は言われるがまま玄関に通される。茜の家は一軒家だから、俺からすると少し目新しかった。というのも、神奈川に住んでいた頃は、俺含めて友達もほとんどマンションに住んでいたからだ。
「律君は神奈川出身なんだよね? やっぱり一軒家は珍しい?」
「そ、そうですね。都心に近いと土地が少ないのでやっぱりマンションが多いですかね」
「私はちょっとお茶の用意するわね~」
「あ、ありがとうございます」
「りっくん洗面所こっちね」
「お、おう」
茜のお母さんはふんわりとした雰囲気で感じの良い人だったが、茜のお父さんはどんな人なんだろう。どうしよう、娘はやらんとか言われたら。親父がアレだから父親という人種があんまり分からないんだよな。
手を洗ってリビングへと案内される。テーブルには茜のお父さんと思われる人が座っていた。厳格そうな顔で本を読んでいる。タイトルは何だろう? どれどれ? お前なんぞに娘はやらん、か。
えっ……?
「ただいま父さん」
「おかえり、茜、律君も。遠いところよく来たね」
「は、は初めままして。難波律と申します。茜しゃんとお付き合いさせて頂いております」
やべっ、噛んだわ。自己紹介程度で噛む奴なんかには娘はやれんって言われそう。終わった……。
「どうしたのりっくん? 万策尽きたみたいな顔してるけど」
みたいなじゃなくて、実際に万策尽きているんだよ……。その察しの良さを別の今の状況に回してくれよ。俺死にかけているようなもんだから。ダラダラと冷や汗をかきながらお父さんの言葉を待っていると、どうにも様子がおかしい。
「ぷっ、ふふっ、くっくっく……。いやあ、ごめんね律君。ふふっ、あの本に特に深い意味はないからね。ちょっと反応を見てみたくて」
茜のお父さんは突然笑い出したと思ったらそんなことを言い出す。へ? 頭の理解が全く追い付かない。
「ああ、父さんの本か。またアホな事してるなって思ったら……。娘の彼氏の反応を見て楽しむの止めなよ」
「いやあ、ごめんごめん。几帳面な好青年って聞いたからね。律君、大丈夫だよ! こんな娘で良ければいくらでもあげるからね」
茜のお父さんは厳しそうな顔から一転、優しそうな朗らかな表情を見せていた。今までのは演技だったのか……。
「お、驚きましたよ……。茜さんとのお付き合いを反対されたらどうしようかと……」
「律君の話は茜からよく聞いているからね。反対なんてとんでもない。むしろ結婚してあげて欲しいくらいだよ」
「ちょっと父さん!」
とにかく良かった……。というか俺はただ単に揶揄われていただけなのか。茜の遺伝子のルーツを知った気がする。よく見ると茜と顔の雰囲気もそっくりだな。
椅子に座って話していると、茜のお母さんがケーキと紅茶を持って来てくれた。
「あ、俺も運びますよ」
「いいのいいの律君。お客さんだからゆっくりしてね~」
そう言われると仕方が無い。座って待っていると、やがて茜のお母さんは椅子に座って、テーブルには四人が揃う。
「母さん、お姉ちゃんは明日帰ってくるんだっけ?」
「そうね~、
茜のお姉さんは楓さんって言うんだな。明日会ったら挨拶をしておかないと。
「じゃあ食べようか」
「「「「いただきます」」」」
よく考えると、四人以上でいただきますなんて言ったのは、
だから茜のご両親とはいえ、『お父さん』と『お母さん』と一緒に何かを食べるということが新鮮で、やけに嬉しかった。
「このケーキ美味しいですね。紅茶も」
「ありがとう~。茜から律君は紅茶が好きだって聞いていたから~」
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ~。律君と茜が付き合い始めたのは、茜の誕生日だったかしら?」
「あ、はい。そうです」
「律君から告白しようとしたら、茜に先を越されたんでしょ~?」
「は、はい。よくご存知で……」
うん? そんなことまで知っているのか……。
「初めてキスしたのは観覧車の上だっけ? ロマンチックだよね」
「は、はい……」
今度はお父さんがそんなことを尋ねてくる。んんん? なんでそんなことまで……。
「初エッチは律君の誕生日だったかしら?」
「エ……、そ、そうです……」
んんんんん?
「最近はお風呂にも毎日一緒に入ってるんだよね?」
んんんんんんんんん?
「茜さあぁんんっ!?」
え? 何? こわい! お父さんとお母さん、俺以上に俺の事を知っていそう。
「ご、ごめん。ウチの親がどこまでいったか、あまりにもしつこく聞いてくるから……」
「出来ればぼやかして欲しかったんだが……」
「だって絶対バレるもん……」
「もん」じゃねえよ、可愛いなクソ。というか勝手に想像していたイメージと大分違うんだが。こんなフランクなご両親だったの?
「それで律君」
「は、はい……。何でしょうか……?」
「「式はいつ挙げるの?」」
こわい、こわいよ!
「は、はははっ……。お互いに働き始めて、生活が安定してきてからでしょうか……」
「もう良いでしょ! りっくん、私の部屋行こう」
「お、おう」
俺は茜に手を引かれて二階への階段を上る。あの、お父さんとお母さん? ニヤニヤして見守らないでくれます? 変な事なんて何もしませんから!
「茜のお父さんとお母さん凄いな……」
「ごめんね。前からりっくんと会えるの楽しみにしてたから……」
茜と二人っきりになってようやく一息つく。まさか挙式の日程まで聞かれるとはな……。
「なんか聞いていたイメージと違う気がするんだが。厳しいんじゃ無いのか?」
「いや、それはごめん。ゲームとかに厳しいってだけで、普段はあんなんだから……。人を揶揄うのが好きっていうか……。りっくんのお父さんがスゴい立派そうな人だったから言い出しづらかった……」
「へ? ウチの親父が?」
「ウチの親はあんなフランクな感じだからさ」
なぜ茜が家族の話をしないのか若干分かった気がした。良いご両親だろうに。そりゃあ俺も若干ビックリしたが。若干っていうか結構ビビってたな……。
「ごめんね、疲れたでしょ?」
「ちょっと驚いたけど、良い親御さんじゃん。ウチの親父もお袋も俺に干渉してこなかったからなんか新鮮」
「そうなの?」
「おう、仕事ばっかしてたからな。今じゃ気にしてないけど、昔は不満に思ったりもしたよ。俺はその金で暮らしてたのにな。だからさ……、親がいるとあんな感じなのかもな。ちょっと羨ましい」
そこまで言ったところで頭を急に抱きかかえられる。衣服越しに伝わってくる体温と母性を感じさせる柔らかさが妙に安心感を与えてくる。サラッとこういうことしやがって……。茜には一生敵わないな。
「律君、荷物持って来……、おー、仲良いね」
「あらあら~。茜は積極的ね~」
気が付くと、茜のお父さんとお母さんがドアの前に立ってニマニマとこちらを見ていた。神出鬼没とはまさにこのこと。
「ちょっと! ノックして!?」
結局、その後もお父さんとお母さんはニヤニヤしながら、俺と茜を見守っていた。風呂も一緒に入るように言われたのは、言うまでも無いだろう……。
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