第33話 花火大会①
「「ただいまー」」
東京観光も終わり、俺と茜は仙台に戻って来た。二日間の遊園地はかなり楽しく、かなりの数のアトラクションを回ることが出来た。俺は高校の卒業旅行に友だちと行ったきりだったので、久しぶりにワクワクしたものだ。
「あちい、冷房入れるぞ」
「はーい。テレビつけて良い?」
「良いぞ」
茜がテレビをオンにすると、ニュースがやっていた。何でも今日は記録的猛暑だとか。道理で暑いわけだ。
「へえー、猛暑だって」
「仙台はまだ涼しい方で良かったな。宮崎なんて地獄だろ?」
「そうだねー、九州は暑いよー」
『続いて次のニュースです。SNSを通じ知り合った女子中学生にわいせつな行為をしたとして、東京都の高校生ら少年三人が二日、強制わいせつの疑いで逮捕されました』
「うわ、気分悪いニュースだな。茜チャンネル変えるぞ?」
「…………」
「茜?」
彼女は今までに見たことの無い表情をしていた。後悔、嫌悪、諦め、悲しみ、そして……怒り。そんな感情が混在した瞳。灼熱の太陽ではなく、極寒の北風を思わせるほどの異常なまでに冷たい視線。
そんな顔見たこと無かったし、見たくも無かった。思い起こされるのは夏休み前の期末試験の勉強を教えていたときの、あの声。普段の明るい調子からは想像もつかないほどの冷たい声。俺はすぐさまテレビの電源を切る。
「茜どうしたんだ?」
「い、いえ、何でも無いです。私自分の部屋で荷物解いて来ます」
「お、おう。分かった」
茜は一瞬で表情を変え、出て行ってしまった。笑い方がぎこちなかったのは俺の見間違いではないはず。
「敬語に戻ってんだよなあ……」
突然の出来事に動揺しつつも、俺は荷解きをを始めた。
* * * *
「花火行かない?」
茜がそう言ったのは、旅行後から二日経った日のことだった。旅行から帰ったあの日、茜が一瞬見せたあの表情は謎のまま、俺は茜の過去に対して踏み込むことは出来なかった。
「珍しいな。茜ってインドア派かと。それは俺もだけどな」
「まあそうだけど、たまにはね」
サークルに行く以外だと、俺と茜は基本家でダラダラと過ごしている。俺はアニメを見るかマンガを読むかゲームをするかで、茜は本を読むかゲームをするかだ。俺たちゲームしかしてねえな。
「今日行くのか? だったら七夕花火祭だよな」
「そうだね。私は浴衣着付けるから、五時集合で良い?」
「いいぞ、てか着付け出来るんだな」
ただのポンコツかと思っていたら、以外にそんなことは無かったらしい。着付けが出来るのは結構なポテンシャルだと思う。俺は昔何度か妹の浴衣の着付けをしたぐらいだ。自分で着たことは無いし。
茜は部屋に戻っていったので、俺はノンビリと準備を始めることにした。白のハーフパンツに半袖のボーダーTシャツ、上に黒シャツを羽織る。時間が余ったので、さてゲームでもするかというところで、スマホが震える。
茜『たすけて』
そのメッセージを見た瞬間、俺は茜の部屋に駆け込んでいた。鍵は掛かっていなかったので、そのままドアを開けて家に入る。
「茜! って何だその格好?」
茜の着ている浴衣は完全に着崩れていた。もはや着ているかどうかも怪しい。結局浴衣着られて無いじゃねえか……。
「いやー、着ようとしたらどんどんグチャグチャになっちゃって……」
「分かった分かった、手伝うから。てか確実に下着見えるぞ」
「この際仕方無いのでお願いします……」
今の状態から直すのは無理なので、一度浴衣を脱がせて整える。すると茜の姿が露わになる。良く食べる癖にやたら華奢な体で、凹凸はハッキリとし胸部はふっくらと、柔らかなラインを描いていた。上はキャミソールを着ていたので良かったが、下は完全に下着だった。
こうなるとどうしても、胸よりも脚に目がいってしまう。太ももの部分は肉付きがよく思わず触りたくなってしまうほど。ふくらはぎには適度な筋肉がつき引き締まっている。脚の全体ではしなやかでなめらかな曲線美を描いている。
「変態……」
「いや、男なら当たり前の反応だろ」
「胸よりも脚に目がいってる時点で重症でしょ」
「いいか茜、お前の脚はどエロい。その脚に視線が吸い寄せられるのは仕方の無いことだ。お前は絶対ミニスカートとかショートパンツとか履くなよ。他の男にそのおみ足を見せるんじゃ無いぞ」
「おみ足って……良いから早く着せて」
文句を言われたので、浴衣を羽織らせる。手順は意外に覚えていたので、浴衣がズレないように調節していく。
「へえー流石だね――んっ」
「おい変な声出すな。脱がせたくなるだろうが」
「仕方無いじゃん……」
腰紐を強めに結んだところで、茜から艶っぽい声が出た。急にそんな声を出されると心臓に悪いのでやめてほしい。いきなり強く結んだ俺も悪いんだけども。
そんなこんなでなんとか浴衣の着付けが終わった。茜の浴衣は白や青を基調とした涼しげな浴衣だった。普通のカップルだったら、待ち合わせて浴衣にドキッ、みたいになるんだろうけどな……。
「似合ってる?」
「似合ってる似合ってる。俺、着付けの才能あるかも」
「むぅ……」
「冗談だって。可愛いよ」
「なんかりっくん雑じゃない?」
「雑じゃねえよ。超丁寧に着付けしてやったのに。ほらシワ一つない」
「それは有り難いけどさ……」
着付けしてもらった手前、強く出られないようで面白い。頭を撫でると機嫌が直るのも可愛い。俺もチョロいけど、茜も大概チョロいよな。
「じゃ、行くか」
「あ、待って」
「ん?」
「ヘアピンも付けてくれない……?」
「おう」
嬉しいことに茜は俺のプレゼントしたヘアピンを気に入ってくれているらしい。出掛けるときは結構使ってくれてる気がする。俺は茜からヘアピンを受け取ると、髪につけてやる。本当にコイツの髪、サラサラだな。ム○ゴロウさんみたいに撫で回したくなる。
茜の部屋を出ると、自分の部屋の鍵が閉まってないことに気が付いた。というか、財布すら持っていない。かなり慌てていたからなあ……。全く紛らわしいメッセージを送りやがって。
しっかりと冷房を切り、自分の家の鍵を閉める。財布の中を見ると野口さんが二枚。金足りるかな……。幸いバイトは見つかったが、給料は来月からの上に仕送りもまだだ。世知辛い。親父から金を巻き上げれば良かった。
「りっくんまだお金無いでしょ?」
「悲しいことにな……」
「今日は奢ったげるから」
「すまん、後で返すわ」
「いいよ返さなくて。今まで散々奢ってくれてたし。そもそも食費が折半になってんのがおかしいからね? 普通私が多く出すべきだし」
「それは良いんだよ。今は付き合ってるわけだから」
茜の手を引いて、いつもより少しゆっくりと歩き出す。夕方になると幾分か涼しく、たまに吹く風が気持ち良い。西の雲は明るく光りはじめ、東の空の青色は濃くなっていく。明るいのに暗い。
「なあ茜……。お前って昔何かあったのか?」
「藪から棒にどうしたの?」
「いや、ふと気になって」
「……話したくなったら話すよ」
「分かった。待ってるよ」
やっぱり今のところは踏み込ませる気はないか……。茜色の空を見上げつつ、俺は彼女の手をしっかりと握った。
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