第32話 おやすみ

「おお……ここが恭介君の別荘か……」


「別荘って程じゃないですけどね」


 恭介君と遥が車で迎えに来てくれた後、恭介君の別荘に来ていた。別荘って言うか別邸だな。マンションの一室で、2LDKの部屋だった。普通にホテルよりも広い。


「てか部屋普通に綺麗じゃない?」


「まあ閉め切っているのでホコリとかは立たないですし」


 別荘の掃除って聞くと、かなり大変なイメージだったがそんなことは無かった。掃除機をかける必要すら無いだろう。普段の茜の部屋の方がよっぽど掃除のし甲斐があるってもんだ。


「茜の部屋の方が余裕で汚いもんな」


「りっくん、うるさい」


「ねえ、迎えに来たときから思ってたけど、茜ちゃん敬語やめたんだね。あとりっくんて呼び方何? 超かわいい」


 分かる、超かわいい。さすがに妹だからか、俺と感性が似ているみたいだ。遥はニマニマしながら、茜に問いかける。


「それは律さんが……」


「茜ちゃん呼び方戻ってるよ? へえー、まだ呼び慣れてないんだねー」


「あ、いや、それはその……」


「顔赤くなってない? なんかあったのー?」


 観覧車での出来事がフラッシュバックする。あれは強烈だった……。見ると茜は顔を真っ赤にさせて首をブンブンと振っていた。何この可愛い生き物。


「あ、もしかして……」


 何かを察した遥が俺の元にやって来て耳打ちをする。マズいな、バレたか……?


(もしかして律兄、ヤった?)


「ヤってねえよ、ボケ。キスしただけだわ!」


 予想外の質問に思わず声を荒げて答えてしまう。あっ……、やべっ……。今度は茜が無言でこちらに来て、俺の二の腕あたりを叩いてくる。割と痛い。しかし、悪くない。これが幸せの痛みって奴だな。


「何言ってんのバカ!」


「罵倒されるのも良いな……」


「ああ、分かりますよ。僕も遥に罵倒されるの好きですよ」


「律兄、それ普通にセクハラだから。あと恭介は黙って。口縫い付けるよ?」


「そう、それそれ……痛いよ遥、僕の足の小指を踏み抜かないで」


 あっという間にカオスな状態に変わる。俺も人のことは言えないけれど、どうやら妹の彼氏は変態だったらしい。まあ、遥はただのイケメンには興味が無いだろうから、あんまり驚かないけど。


「あ、お母さんから電話だ。もしもし……」


 ウチのお袋から電話が掛かってきたようだ。そういえば、お袋から電話掛かってきた事ってあんまり無いな。まあ、どうせ明日会うからいいか。


 スマホをいじっていると、遥の電話も終わったみたいだ。やけに早い電話だったな。


「お母さん急な仕事入ってしばらく忙しいって。だから会えないみたい」


「お袋らしいな。じゃあ、明日どうする?」


 明日は東京観光がてら、お袋に会いに行くことが目的だったんだが……。お袋に会う必要が無くなったので、丸一日空いてしまった。別に東京観光だけでも良いんだが。


「あ、私ネズミーランド行ってみたい。九州にいたからほとんど行ったこと無いし……」


「いいねー、折角だからシーとランドの両方行くのはどう? 二日間かけてさ。律兄と茜ちゃん日にち大丈夫だよね?」


「ああ、まあ日にちは大丈夫なんだがな……」


 時間的には問題ないんだがな……。如何せん俺は学生、つまりは金が少ない。ネズミーランド行くと諭吉様が紙切れの如く消えるんだよな……。夢を見るためには金が必要ってことだろうけど……。


「もしかしてりっくんお金がない?」


「恥ずかしながらな。結構ギリギリ」


「じゃあ貸したげる」


 仕方無いわな。バイト先が移転するだかなんだかで、今の俺は職無しだ。バイトは探している最中だが、今までの貯金がガンガン減っている。もう少し金の使い方を考えよう……。年下のカノジョに金を借りるのはみっともなさ過ぎる……。


「うわー律兄だっせー」


「元はと言えば勝手に企画したお前の責任だからな」


「まあ確かに。ごめん」


 意外にも遥は素直に謝ってきた。反省しているならまあいいや。俺的には色々なわだかまりをスッキリ消化できたわけだし。


「じゃあネズミーランドで決まりか。明日は何時に起きれば良いんだ?」


「六時とかじゃないですかね?」


「じゃあそれで。明日早いし寝る準備するか」


「そうだね、あ、部屋は二つだから律兄と茜ちゃんの二人で寝てね」


「ふぁ? お前と茜で寝れば良いんじゃねえの? 俺絶対寝不足になるんだが」


 茜と一緒に寝られるわけが無い。確実にドキドキして寝られなくなる。茜はどんな反応をするのかと見ると、遥に耳打ちされている。何を言ってるんだか。


「なあ、茜。無理だよなあ?」


「いや大丈夫。りっくん一緒に寝るよ」


「へ? おい、遥お前茜に何言ったんだよ」


「別になーんにも言ってないよー。あ、折角だからお風呂も一緒に入れば?」


「それはマジで無理です、勘弁して」


「私もそれはちょっと……」

 

 流石にこれは茜も断るよな。てか断ってくれないと困る。


 その後風呂に入って、寝室へと入る。寝室にはベッドが二つあった。隣り合って並べてあるため距離は近くなってしまうが、一つのベッドで寝るよりは全然良い。一つのベッドで寝ることになったら俺の心臓が破裂する。


「じゃあ寝るか……」


「うん……」


 湯上がりの茜は煽情的だった。もっと直接的に言うとエロい。しっかり乾かしたであろう黒髪は見て分かるほどサラサラで、触りたくなってしまう。夏だからかパジャマは薄い生地でこれまた抱きしめたくなってしまう。


 顔はスッピンなのだろう。こう見るとかなりナチュラルメイクなんだなと実感させられる。もちろん可愛いが、いつもより少々あどけなさが増しており、庇護欲が駆られ、やっぱり抱きしめたくなる。俺は変態か。


 俺と茜はベッドに潜り込むが、全く眠りにつける気がしない。それはそうだろう。好きな人がすぐ近くに、そして薄着でいるのだから。俺は理性がそこそこ強い自信はあるし、茜を恐がらせることはしたくないが、これでも抑えられるかどうか分からない。


「りっくん……そっち行って良い?」


「こっち来られると俺何するか分からないんだが……」


 茜は俺の言葉を無視して、俺の寝ているベッドに潜り込んでくる。あかん、理性の糸が切れそう。


「腕枕してくれない……?」


「お前俺を殺しに来ているだろ」


「希美さんとは一緒に寝たんでしょ……?」


「そりゃそうだけど……」


「じゃあ私と一緒に寝るのもおかしいことじゃないと思う……」


 そう言うと茜は俺の体に腕を回して接触してくる。俺の腹辺りに何か柔らかいモノがあたり、更に茜は俺の胸に顔をうずめてくる。茜の息づかいがダイレクトに感じられ、心臓の律動が秒針を刻むよりも数倍早くなる。もうどちらの鼓動なのかも分からない。


「ドキドキするけど……、なんか安心するね」


「俺はドキドキしか感じないわ。生きた心地がしない……」


「ふふっ、そうかもね?」


「そうだろ……。あと茜今日はありがとうな」


「何が?」


「希美と話すために時間を作ってくれて」


「本当だよ。カノジョをおいて元カノと話すなんて」


「返す言葉もございません……」


 ソレを突かれると本当に痛い。けど本音を言うと放っておけなかった。俺があれだけ苦しい思いをしたのだ。浮気をしてしまった方の罪悪感は計り知れない。俺の言葉で少しでも楽になって欲しかった。かつて茜が俺にしてくれたみたいに。


「希美さんを放っておけなかったんでしょ? 本当にお人好しだよね……」


「申し訳ないと思ってるよ」


「まありっくんの気持ちも分かるけどね……。優しくされたら、その分優しくしたくなるものだもん」


「茜もそういうことがあったのか?」


「うん……。りっくん知ってる? 痛みを知る人ほど人に優しく出来るんだよ……」


「茜それってどういう……?」


「ひみつ……」


 それっきり茜は寝息を立て始める。自由すぎる……。 俺は茜の腕を一度ほどいて水を飲みに行く。


 気になる話を振っておいて自分は寝るとは……。茜は過去をあまり話さない気がする。いつになったら聞かせてくれるのだろうか。勿論問題が解決しているならば良いのだが、万が一解決していないのなら……、今度は俺が茜を助けたい。


 寝室に戻ると茜は布団を抱いて寝ていた。あの布団は俺の代わりだろうか? 見ていて微笑ましい。隣のベッドから布団を一枚とって、茜と一緒に被る。俺の腕に茜の頭をのせて、茜のご所望の腕枕をしてやる。寝てるからあまり意味はないかもしれないけれども。これ明日起きたら痺れてるやつだな……。


 そしてゆっくりと瞼を閉じた。













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