第34話 花火大会②
「やっぱりめちゃくちゃ人多いな」
「だねー」
「花火は七時からみたいだから、それまでに何か食うか。何食いたい?」
「んーと、綿飴、リンゴ飴、たこ焼き、牛タン串、ケバブ――」
「多い多い。とりあえず、近くにリンゴ飴あるからそっから攻めるか」
「分かったー」
茜はタターッと走って、リンゴ飴を買いに行く。下駄では無く、シンプルなデザインのペタンコのサンダルだから、転ぶ心配はそこまで無いだろうが、それでもやっぱり心配だ。浴衣って普段よりも動きづらいし。
去年はサークルの友だちと行ったが、相変わらず人で溢れかえっている。只でさえ暑いのに人がたまっているから、余計に暑い。電波も悪くなるので、一度はぐれたら見つけるのは苦労することだろう。
「買ってきたよ」
「おう、リンゴ飴だな……」
「そりゃリンゴ飴だからね」
茜はリンゴ飴をカリッとかじる。その仕草が妙に艶っぽい。いつもと違ってどこか大人びた雰囲気だ。後ろで髪をまとめているからか、うなじがハッキリと見え、白い肌が俺を惑わす。やべぇな俺。節操なしか?
「はい、りっくんもどうぞ」
「お、おお」
急に話しかけられて、心臓が軽く跳ねる。心なしか距離の近さが気になる……。こんぐらいの距離なんて付き合っているならば普通のはずなのに。これが浴衣マジックって奴か?
「どったの? 何か考え事?」
「いや、なんでもない。リンゴ飴もらうな」
俺も一口リンゴ飴をかじる。久しぶりに食べたソレは強烈に甘かった。甘えよ、あと甘い。昔は嬉々としてして食べていたはずなんだがな……。俺も年を取って甘い物を受け付けなくなったのか。
「あ、向こうに射的あるよ。やんない?」
「良いぞ、ってか俺払うよ」
「良いよ良いよ。りっくん、何だかんだ私に一万円以上はお金使ってるでしょ?」
「何で分かんの……」
「分かるってば。奢られたモノとか覚えているし」
「そうですか……」
「だから今日は私に奢らせてよ」
「うん、まあ、じゃあ……お願いします」
俺以上に正確にお金の使い方を把握していやがる。嬉しい反面ちょっと恐い。なんで覚えてんの……。気を取り直して店員から受け取ったコルク銃と弾を装着していく。何度かやったことはあるけど、俺こういうの得意じゃないんだよな。
「りっくん先撃って」
「分かった、期待すんなよ」
狙いは最新のゲームソフト。ああいったモノは落としにくいだろうが、狙う価値はある。というか、それ以外の景品にそこまで魅力を感じないのが本音。俺は姿勢を低くしていを定めて引き金を引く。弾は四発。
一発目、ハズレ。二発目、カスる。三発目、景品に当たるも倒れず。四発目、ハズレ。
「あら、惜しい。一発は当たったのに。じゃあ次は私やろうーっと」
「頑張れよ」
茜は慣れた手つきで銃に弾を込めていく。もともと射的をやろうと言い出したのは茜だから、結構遊んでいるのかもしれない。浴衣の女の子が銃を構えているのもなかなか絵になるな……。
パンと音を立てゲームソフトをめがけて真っ直ぐに飛んだ弾丸は、一発目からゲームソフトにヒットした。倒れることは無かったものの、一瞬ぐらついてた。茜は間髪入れずにもう一発を撃つ。
弾は狙い通りにケースに当たって、重心を揺らすことに成功。グラリと傾いて倒れた。後ろから射的を見ていた人たちが僅かにどよめく。茜は気にした様子も無く、三発目、四発目を撃ち、今度は軽そうなお菓子に弾を当て見事に景品を回収していた。
「すげえなお前……」
「宮崎には娯楽が無いから、よくお祭りに行ってたんだー」
何でも無い様子で茜はサラリと言う。いや、普通に凄いことだろ……。八百円から五千円以上のゲームソフトを手に入れやがった……。格好良すぎる……。惚れそう。いやもう惚れていたわ。ベタ惚れだわ。
「俺を抱いてくれ」
「何言ってんの……?」
思わず本音が漏れてしまう。茜は呆れた顔をしながら、店員から商品を受け取っていた。もちろん店員の顔は引きつっていた。あんなにあっさりと景品を落とされるとは思わなかったんだろう。可哀想に……。
「アホなこと言ってないで次行こ?」
「そうだな――」
「あ、律」
「ん?」
後ろから声をかけられて振り向くと、
「おー茜ちゃんもいるね~。デート?」
「おう」
「おー付き合うことになったのか。良かったなー律」
「おかげさまでな」
「何かあったの?」
茜が頭に疑問符を浮かべながら尋ねてくる。そっか、茜は知らんよな。
「茜の誕生日プレゼント選びを手伝ってくれたんだよ」
「へえー、それはありがとうございます」
「「いえいえ」」
「このヘアピンもお二人が関係してるんですか?」
「いや、愛沢っていう友達が提案してくれたんだよ」
「愛沢さんって合コンの時にいた人?」
合コンか。随分と懐かしく感じる。あの時、俺と愛ちゃんと茜っていう、かなり謎なメンバーで話していたな……。
「愛沢君と言えばカノジョ出来たんだって~」
「え? マジで?」
愛ちゃんとはしばしば連絡を取っていたがそんなことは知らなかった。何だよ教えてくれよもう。全力でお祝いするのに……。
「それで二人はどこまで進んだの~?」
「え、何処までって……」
そりゃあ、キスまでだよなあ……。なんか思い出すと恥ずかしくなってきたな。茜を見ると口元を押さえてモジモジさせている。可愛いなあもう。
「あーなるほど~」
「なるほどって……、香奈は分かったのかよ」
「何となくね~、じゃあ浩斗君行こっか。邪魔しちゃ悪いし~」
「え、ああ……、分かったよ香奈ちゃん」
香奈は浩斗を連れて、サーッと人混みの中へと消えていった。一体何だったんだ……。意味深に笑っていたのが、これまた恐かったんだが。俺と茜の進展具合を分かっているのか、分かっていないのかもよく分からないし。分からないがゲシュタルト崩壊する。
その後、茜と色々食っていたら、いつの間にか花火が始まってしまった。風情の欠片も無い。花より団子。花火よりたこ焼き。
「始まっちゃったねー」
「そうだなー」
「なんか花火見に来たつもりだったけど、食べ物見てたらどうでも良くなっちゃったんだよねえ」
「本音を言うんじゃない。ロマンとか無いのかよ」
「ロマンで腹は膨れないよ」
「腹膨れたしそろそろ帰るか。人増えてきたし」
「さんせーい」
俺も俺だが、茜も茜だ。もともと俺たちは人混みが好きじゃ無い。のんびり歩きながら花火の音を聞くのもまた乙なモノだろう。
「りっくん歩いて帰らない?」
「俺は良いけど。お前は足とか大丈夫?」
「大丈夫だよ。サンダルだし。りっくんは私に気を遣ってゆっくりめに歩いてくれているし」
「気付いていたのか……」
「うん。なんかりっくんに元カノ居るって思うとモヤモヤするけど、こういう気配りが出来るのはプラスなんかもねー」
「正直だな」
「まあね」
人の流れとは反対に歩き出す。はぐれないように茜の手をしっかりと握って。五分ほど歩くとやっと人混みを抜けた。
「ねえ、りっくん」
「何?」
「花火大会行く前はああ言ったけどさ、気が変わった。私の話、聞いてくれる?」
「……分かった。聞くよ」
花火の音をBGMに茜がポツリと言葉を紡ぎ出す。俺は決して聞き逃すことの無いように耳を澄ませた。
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