第30話 遭遇

「茜」


「はい、適当にぶらついているので終わったら連絡して下さい」


 そう言って茜はどこかに消えていった。本当に話が早くて助かる。俺は本当に茜に助けてもらってばっかりだ。


 さて……、とりあえず希美のぞみと話をつけるか。ちょうど近くに小さめの公園があるからそこのベンチにでも座ろう。そうして、二人で座って話し始める。


「この公園懐かしいよな。たまにお前と会っていた場所だ」


「そうだね……。律、今の子って……、カノジョ?」


「そうだよ。俺の恋人だ」


「そうなんだ……」


「お前髪切ったんだな」


 希美は前まで、茶髪のロングの髪型だったはずだ。今は茶髪こそ変わっていないにしろ、ショートカットになっている。随分バッサリいったものだ。


「あ、うん……」


「そんでさ、俺はお前に聞きたいことあるんだけど」


「うん……」


「そんなにビビるなよ。取って食うわけじゃあるまいし」


 希美は視線を下げたまま反応している。もはやただ頷いているだけとも言えるかもしれない。確かに元カレとバッタリ会うなんて気まずいに決まっているだろう。俺だって気まずくないわけじゃない。


「希美。お前はどうして浮気したんだ? それだけ聞かせてくれ」


「それはっ……」


「古傷を抉るような質問をして申し訳ないと思っている。ぶっちゃけ浮気した目星も着いているし。けど、お前が実際にどう思っていたのか知りたい」


「……ごめん」


「謝って欲しいわけじゃないんだ。あの頃は片や浪人生、片や大学一年生だ。お前は受験が終わって解放されたのに、彼氏が浪人だもんな。デートをしたくても出来ないもんな」


「うん……」


「そんな状態嫌になるに決まってる。遊びたいのに遊べない。希美からデートに誘ったのか、誘われたのかは知らんけど、そういう相手がいたんだろ?」


 俺は勝手に話しを始める。これだけ話しているけれど、本当に恨みなんて感じていない。むしろ感謝しているぐらいだ。


「律ってそんなに話すことあるんだね……」


「あるよ」


「ずっと気付かなかった……。私は……、律が仕方無く私を相手にしてくれているもんだと思ってたよ……」


「そんなことはなかったぞ」


「律は私を見てくれないのかと思っていたけど、律のことを見ていなかったのは私か……」


「やっぱりソレが理由なんだな」


 今なら分かる。希美はずっと不安だったんだ。思えば、告白したのは希美から。デートを誘うのも、連絡をくれるのも基本的に希美から。俺は全てを希美に任せてしまっていた。


「俺は本当にお前に恨みなんて感じてないよ。今となっちゃ、申し訳なく思うぐらいだ。ごめんな。あの頃のお前の気持ちに気付いてやれなくて」


「っ……。なんで……、律はそんなに……、優しいの……? 私は受験で忙しい彼氏を放っておいて浮気した酷い女だよ」


「いや、感謝してるんだよ。プラスに捉えればお前が浮気をしたから、俺は勉強に集中することが出来て第一志望の国立大学に行けた。茜……、今のカノジョにも出会えた」


「そんなふうに考えられるなんて、律は強いね……。後悔はしてないの?」


「あんまりしてないな」


「私は後悔しかしてないよ」


 希美は俯いていた顔を上げて俺を見る。久しぶりに見た希美の顔はどこか懐かしく感じつつも落ち着かない。あの頃の派手めのメイクでは無く大人しめのメイクだった。


「結局付き合っていた人とも別れちゃった。私はやっぱり律が好きみたい」


「そうか、俺は希美が好きよ。今は何とも思ってないけどな」


「そっか……」


 好きの反対は無関心。俺はもう希美に対して特に思うことも無い。あるのは少しの感謝だけ。浮気されたのにこんな事を思っているのは変かもしれないけれども。


「ねえ、私がもしあんなことをしていなければ、私たちの関係は続いていたのかな……?」


「知らんな。たらればの話は好きじゃない」


「そうだよ、ね」


 俺だって考えなかったわけじゃない。もしあの時、俺が希美の様子に気付いていれば、俺が浪人せずに神奈川の大学に行っていれば、なんて。けど、そんなの考えるだけ意味の無いことだ。


 俺はベンチから立ち上がる。


「まあ、俺が言いたいことはだな。俺はお前のことを気にせず楽しくやっているってことだよ。だから、お前も俺のことなんざ忘れて楽しくやってくれ」


「あははっ……。出来るかな……?」


「出来るさ。俺は今のカノジョに救われた。アイツが俺を照らしてくれた」


「ふふっ、惚気てくれるね」


「まあな。じゃあな、俺は行くわ。早く彼氏作れよ」


「余計なお世話。ありがとうね」


「おう」


 俺はベンチから歩き出して、公園から出る。これで彼女との関係も終わりだろう。どこかすがすがしい気分だ。


「あ! 律!」


「どうした?」


 公園を出ようとしたところで声をかけられる。何か言い残したことでもあるのだろうか。振り向くと、ベンチから立ち上がった彼女が笑ってこちらを見ていた。その笑った顔も久しぶりに見た気がする。


「浮気! しちゃダメだよ!」


「肝に銘じておくよ。バイバイ」


「ばいばい」


 俺は口角を上げて精一杯の笑顔で応じる。希美の前でこんな顔がもう一度出来るようになるなんてな。俺は再び向きを変えると、公園から出て歩き出した。まさか自虐をかましてくるなんて思わなかった。


 じゃあな希美。


 スマホを取り出して茜に連絡をすると、どうやら駅で待っているとのことだったので走って駅に向かう。


 息を切らして駅に着くと、退屈そうにスマホをいじっている茜がいた。白キャップに白シャツ、デニム生地のクロップドパンツ、白スニーカーの白コーデ。間違いないだろう。


「お待たせ。ごめん、茜」


「遅い」


「うっ、すみません……」


 茜がジト目で俺を見てくる。眉間には小さくシワが寄っており、いかにも怒ってます、といった表情だった。そりゃ怒るよな……。


「三十分も何話してたの?」


「えっと、まあ色々……。あの、茜さん? 口調が……」


「カノジョを放って元カノと会う人には敬語を使う必要ないと思うんだけど」


「ごもっともです」


 どうしようか……。結構怒ってるよな……。俺が百パーセント悪いんだけどさ。そうして俺がアレコレ考えていると、茜が無言で俺に一歩近付いてきた。


 そうして、疑問に思う暇も与えずに、茜が俺の腕に腕を絡ませてくる。


「あの……茜さん?」


「りっくんは私のモノだから。もう逃がさない」


「怒りながらデレてくるの止めてくれませんかね……。あとりっくんって?」


「律さんって呼ぶのも飽きたから。律って呼ぶと元カノの呼び方と被るし」


 俺は喜べば良いのか、困れば良いのか。やべえ……。りっくんって呼ばれるの、超萌えるんだが……。怒ってんのにここまで可愛いのは反則だろ。


「で、どんなこと話したの? その元カノの希美さんとやらと」


 言葉に棘がある上に、元カノと連呼してくるあたり、そうとう妬いている気がする。え、待って。可愛い。今日で更に惚れたんだが。怒られそうだから言わないけど、嫉妬しているとこなんて可愛い過ぎだろ。


「えっと、希美が浮気してくれたおかげで、茜と出会えたから感謝しているって言ったわ」


「浮気された相手に感謝してるの? 意味分からない」


「だよな」


「けど……、ちょっと嬉しいから困る……」


 あっ、俺明日死ぬわ。茜の可愛さに殺される。何なのこの子? 年下としての可愛さだけでなく、人を包み込むような優しさ、加えてツンデレまでマスターするとは……。俺じゃ無くても死ぬ。もはや兵器。


「あと、私お腹減った」


「分かった。じゃ、中華街行くか」


 絡ませていた腕は一度解いて、今度は手をしっかり握る。指をガッチリと絡ませて。そうして俺と茜は改札へと歩き出した。







 

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