第29話 旅行②
「遥、あとどんぐらいで着くんだ?」
「もう東京抜けたよ、先に神奈川行こうと思って」
「ほーん、なんで神奈川が先?」
「見慣れてる分、面白さがないでしょ。お父さんも面白くないし」
「可哀想な親父……」
出発してから六時間ほど。昼飯は食べ終えて先に親父に会いに行く予定らしい。確かに東京観光は後に持って行った方がいいかもしれないが。如何せん親父が不憫すぎる。
「親父って今どこ住んでんの?」
「町田だったけ。住所は知ってるし、ナビにも入れてあるから迷うことはないだろうけど」
「町田か……」
「そろそろ着くよ」
遥に確認したところ、流石にアポは取っていたらしい。親にアポ取る前に俺にとれよとも思うんだが。
親父の家は普通のマンションだった。何の変哲もない八階建てぐらいのマンション。もっと馬鹿でかい家に住んでのかとも思っていたんだがなあ。
「じゃあ、行くか」
「何緊張してんの、顔見せるだけでしょ」
「律さん行きましょう」
「そうだな……」
やっぱり緊張するモノは緊張する。会ってない期間はたったの三ヶ月ほどだ。けど親父の部屋に別の女がいたりしたら、それを受け入れられるかどうか分からない。何をやろうが親父の勝手だってことは分かってるのに。
エレベーターに乗り、親父の部屋の階へと着く。ゆっくりと深呼吸をして呼び鈴を鳴らした。ガチャリと鍵が開けられ、中から男が出てくる。
「お、律と遥……、とお友達かな? よく来たね。取りあえず入りな」
「久しぶり、お父さん。ただいま」
「久しぶり、親父、ただいま」
「「お邪魔します」」
そうして四人が部屋に入っていく。親父は何の変わりもなかった。なんか拍子抜けだな。
「親父、紹介するよ。俺の恋人だ」
「
「南正覚さんってことは……、宮崎の人だったりするのかな?」
「あ、はい。そうです」
「そっかー、私の知り合いに同じ名字の人がいるんだよ。南正覚さん、律と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえいえ、私がお世話されてる状態でして……」
「いいよ、コイツ世話好きだから。良かったな律、可愛い子で」
話し方も、声のトーンも、間のとり方もそのまんまだった。親父は何も変わっていない。俺は何にビビっていたのだろうか。
「あ、お父さん。私の恋人も紹介するねー」
「僕は
「小坂君かー。失礼だけど、君はすごいイケメンだね……。遥で大丈夫かい?」
「とんでもない。遥さんにはいつも刺激を受けてますよ」
何とか顔合わせ終了か。けど、俺が聞きたいのはここからだ。茜と恭介君がいるけど聞いてしまおう。二人には事前に了承は取ってある。長居をする気もないし。
「親父どうしてお袋と離婚したんだ?」
「ぶっ込んできたなあ、律。相変わらずだなあ」
「お父さん私と律兄に聞く権利はあるはずだよ。茜ちゃんと恭介にも聞かせる」
「ははは……、強いなあお前らは。お父さん敵わないよ」
今この場はお茶も出ていない、全員が立ったままという奇妙な空間だ。親父だって話しづらいに決まってる。けど、そんなことは関係ない。親父は一度ゆっくりと息を話し始めた。
「母さんとは性格が合わなかったんだよ。性格っていうか価値観の違いだな。モノとかお金の。結婚した当初は何も感じていなかったけど、お前らが生まれた後ぐらいからズレが起きたんだよ」
「不倫してたとかでは無いのか?」
「全然。知ってるだろ。律が中学上がる頃から仕事しかしてなかった。家事はほとんど律に押し付けてな……。酷い話だろう。仕事にのめり込んだのも金を稼ぎたかったからなんだよ」
「そんなにお金に困ってたの?」
「いいや、そこまでは困っていなかった。さっき、母さんと金の価値観が違うって言っただろ。金の使い方で結構もめたんだよ。けど、金さえ稼げばどうにかなるってお互いに思ってたからな」
「お互いのストレスをなくすために仕事をしてたら、親父とお袋のズレが大きくなったって事か?」
「そうだ、その解釈で合ってる。実は遥が高校に上がったタイミングでの離婚も考えていたんだがな……。でも、高校時代に親が離婚したら色々大変だろうからな。だから遥が大学に入ってからって話になった」
「っ……。親父とお袋は、タイミングを待ったつもりかもしれないけどな。俺と遥は急に離婚するって聞いて、ショックを受けたんだよ。それぐらい子供でも分かるだろ。仕事ばっかで家にあまり帰ってこない親でもショックなんだよ。なんで一言も言ってくれなかったんだ」
自分でも驚くほど早口で喋っていた。やっと自分の感情が分かった。これは怒りだ。離婚の前兆を気付けなかった自分への呆れや、悲しみなんてものは些細なものだった。俺は子供に相談する事も無く、勝手に離婚してしまった親父とお袋に腹が立っているんだ。
「ごめんな。離婚するかもしれないなんて事を言ったら、混乱させるかもと思ったんだよ。俺と母さんが考え無しだったんだよ」
親父は遥の頭に手をのせ、俺の肩に手をのせる。俺はとうに親父の身長を抜かしていた。そんなことは知っていたはずだったけれど、それを改めて実感した。そこに居たのは親父だけど、そうじゃない。自分より身長が少し低く、頭頂部が少し薄くなった、只の中年男性だった。
親父も普通の人間だったなあ。その事実にどうしてか、毒気が抜かれてしまった。
「はあ……、まあいいや。黙って不倫してたわけじゃないし。俺の親は
「ははっ……。律はキツいな……」
「じゃあね、お父さん。反面教師として学習させてもらったよ」
「遥も刺してくるな……。お前ら体調には気を付けろよ。あと、南正覚さんと小坂君もプライベートな話を聞かせてごめんね。私が言えた義理じゃ無いけど律と茜をよろしく頼むよ」
「「はい」」
これ以上聞くことも無いし、そろそろ帰るか。っとその前に。
「ん? 何してんだ律? あっ! それは父さんの高級茶葉!」
「もらってくわ。ま、迷惑料ってことで。親父も体調に気を付けろよ」
「じゃあな。律、遥」
俺と遥はその言葉に返事をせずに親父の部屋を出た。やけにあっさりと終わったがどうせ、また会うことになるだろう。血が繋がってるんだから。
「この後どうする?」
「どうせだから、二組に別れよっか。律兄と茜ちゃんはお金あるよね?」
「うん、あるよ」
「七時目安で集合にしましょうか。僕らが車で迎えに行くんで、そのぐらいの時間になったら教えて下さい」
「分かった。んじゃ、また後で」
遥と恭介君は車に乗っていってしまった。正直ここら辺は面白いところもあまりない。場所を移動するか。
「茜、どっか行きたいとこある?」
「あれ見たいです。ランドマークタワー。あと中華街も」
「じゃあ、取りあえず駅まで行って電車乗るか」
「ですね」
俺と茜は手を繋いで歩き出した。前のデートから数えると二回目のデートだな。けれどその時に比べて自然に手を繋いでいた。不思議なもんだ。
ふと見たことのある顔を見つける。見たことがあるっていうか三ヶ月ぐらい前までは、月一ほどで会っていた人物だ。やっぱりそうだったな。町田にはコイツがいた。お袋に会う前にこっちの問題も済ませないとな。
お互いに目が合う。目が合った以上は逃げることも出来ない。まあ、向こうが逃げても俺は追いかけるんだが。コイツとは一度話をしてスッキリしておきたい。
「よっ久しぶりだな。
「律……」
俺は今カノを連れた状態で元カノへと声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます