第28話 旅行①

「いやー美味しかったです。僕こんなに美味しい料理食べたのは初めてです」


「そりゃ良かったわ」


「やっぱチキン南蛮ってこれですよ。律さんの作るのが一番です。もう律さんがチキン南蛮の王者です」


「ねえ、律兄。私、茜ちゃんが何言ってんのかちょっと分かんない」


「大丈夫、俺も分からない。コイツ飯食った後、たまにテンションおかしくなるんだよな」


 晩飯を食べ終えて、俺たちは軽くくつろいでいた。といっても俺の部屋がそこまで広くないから、ゆったりとしたスペースは取れないけれども。


 ちなみに今日の晩飯は、チキン南蛮と千切りキャベツ、無限ピーマンとキュウリ浅漬け、豆腐の味噌汁。


 チキン南蛮は我ながら会心の出来で、鶏の衣はサックサク、タレの甘辛具合とごろっとしたゆで卵のタルタルソースの相性がめちゃくちゃ良かった。チキン南蛮を考えた人は天才。ありがとう宮崎。


「明日は何時に出発するんだ?」


「どうしよう。全然考えてなかった」


「やっぱりな」


「僕は八時にしようと思ってんですが」


「じゃあ、それにしよう。早く寝るか」


 八時出発は俺にとってかなり早い。いつもなんて十時に起きれば良い方。酷いときは昼過ぎに起きることだってある。大学生なんてこんなもんだ。


「じゃあ、私たちは部屋に戻ります。行こうか遥ちゃん」


「はーい、よろしく茜ちゃん」


 茜と遥は部屋に戻っていた。お互いに人見知りはしないタイプだろうが、随分と仲良くなったもんだ。俺と恭介君が買い物から戻って来たら、いつの間にか呼び方が変わっているし。


「恭介君、風呂入る? ぬくもる?」


「僕いつもシャワーだけなんで大丈夫です」


「そっか、じゃあ先入ってきてくれ。シャンプーとか適当に使って良いから」


「ありがとうございます」


 なんだろう、不思議な感じだ。もちろん今までだって、大学の友だちを家に泊めた事なんて何回もあるんだが。ただ、年下の男子を泊めた事はなかったな。それも妹の彼氏か……。

 

 そうして十五分ほどして恭介君が戻って来た。水も滴るいい男。上気した頬に少し濡れた髪。文句なしのイケメンだ。そういえば、茜の湯上がり姿なんて見たこと無かったな、なんて一瞬考えてしまった。バカか俺は。


「じゃあ、俺も入ってくるわ。ゲームとかしてて良いよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 どっかのラブコメなら、女子が先に入った風呂とかでドキドキしたりするのだろうか。生憎、先に入ったのは男だし、風呂も沸かせていない。


 茜と二ヶ月いるが、お色気ドッキリイベントなんて一度も起きていない。アイツは自分が攻めるとき以外はガード堅いし、短いスカートとかもあんまり履かないから、見えそうでドキドキ、なんて事もない。


 そもそも、俺たちキスしてないし。キスしようとしたら、妹達に邪魔されたし。次のチャンスは来るのだろうか……。そんな事を考えていたら、のぼせそうだ。風呂に浸かって無いのにのぼせることなんてあるんだな……。


「あースッキリした。そうだ、恭介君アイス食べる?」


「あー、食べたいです」


「「私たちも食べたい」」


 ん? 今女子の声が二人したんだが……。


「なんで、茜と遥がいんの? お前ら一回帰ったよな」


「アイス食べ忘れちゃったんで」


「せっかく買ってきて貰ったのに」


 遥は風呂上がりなのか、半袖のTシャツに短パンというラフな格好だった。違うんだよ、お前じゃ無いんだよ。妹の湯上がりなんて見たいとも思わないし、そもそも見慣れている。茜の湯上がりが見たかったのに……。


 なんか付き合いだしてから俺のテンションがおかしくなっている気がするんだよな。恋は盲目ともいうからな、仕方無いな。


「律兄は悔しそうな顔してんね。残念だったね、茜ちゃんの湯上がり姿見れなくて」


「そんなんじゃない。お前らのアイスを食えなかったのが悲しいだけだ」


「じゃあ、そういうことにしといてあげる」


「てか、どうすんだよ。俺が全裸で出てきたら」


 今日は恭介君がいるから、ちゃんと服を着て出てきたが……。いつもならパンイチどころか全裸でうろつきかねない。逆お色気イベントなんて死んでもご免だ。


「私は見慣れてるし」


「私は別に気にしないです」


「そこは気にしてくれ……」


 まあ、折角来たんならアイスティーでも入れてやるか。お湯を沸かして、ティーパックを用意しておく。実家からパクってきた茶葉はもう切れてしまった。実家はもう無くなってしまったから、明日親父とお袋の家からパクっていこう。


 これぐらいの仕返しなら、許されるはずだ。なんせ、俺はあの人たちの離婚で結構な時間悩まされたんだから。


「相変わらず律兄はマメだね」


「そうか?」


「なんか安心した」


「なんで?」


「お父さんとお母さんが離婚してから、律兄の様子がおかしかったから。電話しても声が死んでたし。まあ、希美さんと別れたからっていうのもあるだろうけど」


 それ本当に色々な人に言われるな……。目に見えて落ち込んでたというわけか。なんか散々心配かけたみたいで、申し訳なくなってくるな。


「あ、元カノの話とかまずかった?」


「いや、全然大丈夫。伝えてるから」


 おっと、お湯が沸いた。ティーポットにティーパックとお湯を入れて一分ほどおいとおく。そしたら、氷を入れたグラスに紅茶を注ぐでいく。


 希美って名前を聞くと少し懐かしかった。以前はちょくちょく思い出しては、ウダウダと悩んでいた気がするんだが。


「ほい紅茶」


「「「ありがとう(ございます)」」」


「明日はどこのルート通ってくんだ?」


「仙台宮城ICから上って行くよ。まだお盆に入る前だから、激混みってわけでもないでしょ」


「金はどんぐらいかかる? ガソリン代も含めて」


「片道二万ってとこかな。往復で四万ぐらい?」


「じゃあ、ほれ先に出しとくわ。俺と茜の分」


 二万円を遥に手渡す。買い物のついでに金をおろしておいて良かった。


「ありがとう」


「そういえば茜。パッキングとかは済んだか?」


「大丈夫です。実家に帰ったときの荷物そのまま持って行きます」


「洗濯とかは?」


「実家で洗濯してもらいました。キャリーバッグに入ってる分は大丈夫です」


「ん。了解」


「律さんと茜さんは結婚してるんですか?」


 恭介君が首をかしげて聞いてくる。このやりとりは傍から見ると、そう考えられるのだろうか。単純に茜の生活力に不安を感じているだけなんだがな。


「いや、キスすらまだしてない」


「ちょっと、律さんっ!」


「え? 律兄まだ手を出してないの? こんなに可愛いのに?」


「だって今日お前らに邪魔されたし」


「律さんっ!」


「ああ、あれそういう意味だったんだ。てっきりヤる前かと」


「遥お口チャック。律さんと茜さんが困ってるでしょ」


 あっという間に場が荒れてしまった。元はと言えば、恭介君の素朴な疑問が原因なんだが。俺は事実を伝えたに過ぎない。


「遥ちゃん、帰るよ!」


「えっ? ひょっひょまっへ(ちょっと待って)」


「お休みなさい」


 茜が遥の口に棒アイスを突っ込んで、出て行ってしまった。アイツ逃げやがった。相も変わらず攻められると滅法弱い。そこが可愛いんだけども。


「じゃあ、俺も支度するか。恭介君はいつでも寝てくれ。電気ついてて悪いけど」


「いえいえ、お構いなく」


 気が付くと十時前。俺は不安なのか、興奮してるのかよく分からない気持ちでスーツケースに荷物を詰めていった。


* * * *


「よーし、忘れ物ないな。じゃ、行くか。運転頼むぞ、遥、恭介君」


 この日、俺は茜と初めての旅行に行く。初めての旅行で親と挨拶なんて気まずいかもしれんが。


 俺の人生にとって、忘れられない日になることだろう。


 





 

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