第23話 告白
「作りすぎたな……」
ついに茜の誕生日を迎えた。テーブルに広げたごちそうメニューを見て作りすぎたことに気付く。茜からはローストビーフとチェリーのチョコケーキのリクエストを貰っていたが……。
今テーブルに置いてあるのは、ローストビーフ(クレソン添え)、パエリア、ナスがたっぷり入ったラザニア、コブサラダ、オニオンスープそして冷蔵庫にはケーキが入っている。どれもメインを張れる一品だ。ゆうに二人分の食べる量を超えている。
「気合い入りすぎたか……」
現在は七時半前。茜は七時半過ぎた頃に俺の家に来るらしい。あと数分で来る頃だろう。正直かなり緊張している。
自分の選んだプレゼントを眺める。淡い緑の蝶がついたものと水色の花がついた二つのヘアピン。やたらめったら目立つようなカラーリングはしていないから使いやすいとは思うが……。茜に似合うと思って買ったけど、茜の好みのモノじゃなかったらどうしよう……。
そんなことを考えていたら、ガチャリとドアが開いた。慌てて中身をラッピングの袋に入れて、封をしておく。引き出しにいれて隠しておこう……。
「ただいま」
「お帰り茜。誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。うっわー、ごちそうですね」
「腕によりをかけて作ったぞ」
「それは楽しみです。手洗ってきます」
冷蔵庫からワインを取り出し、ワイングラスに注ぐ。もちろんワイングラスなんて持っていなかったが、折角なので昨日買ってきた。ここ数日で散財しすぎたが、まあ安い出費だろう。茜が喜んでくれるなら。
「じゃあ、食べましょう。あれ? そんなソファ有りましたっけ?」
「お前の誕生日プレゼント。座布団じゃ足痛くなるだろ」
「へえ、ありがとうございます。嬉しいです」
「とりあえず飯食おう。ワイン飲むよな」
「はい。もう合法なんで」
「「いただきます」」
思わず茜の食べるところを見てしまう。味見はしたから大丈夫なはずだがやけに緊張する。我ながら女々しいとは思うけど、気にせずにはいられない。
「…………」
茜はローストビーフ一枚を一口で食べて、しばらく噛んで飲み込む。次はパエリアに手をつける。黙々と食べているが一切感想が無いので不安になる。いつもは美味いって言ってくれるんだけどな……。もしかして味おかしい?
「茜、その……」
「んー?」
茜は口に大量にモノをいれて頬張っていた。いや、リスかよ。可愛いんだけどさ。
「味はおかしくない? 美味い?」
茜はモグモグと口を動かした後、ゴクリと飲み込んでワインを一口飲んだ。
「美味しすぎて感想言うの忘れてました。過去一で美味しいです」
「なんだ……、よかった……」
「そんなこと心配してたんですか? 律さんの料理が不味いなんて事なかったじゃないですか」
「いや、そうだけど」
「律さんも早く食べて下さいよ。ほら、あーん」
あーんが来ましたわ。いやいやいや、それは恥ずかしすぎるだろう。間接キスは気にしてないにしても、あーんをしてもらうのはダメ。ドキドキする。どうして茜は平気なんだか。
けど、この機会を逃したらもう二度と来ない可能性もあるかもしれない。かなり恥ずかしいが受け入れよう。俺は大口を開けてスプーンにのったパエリアを一口で口に入れる。
「あははっ、律さん顔真っ赤ですよ」
「……茜は全然赤くないんだな」
「抱きついた相手には緊張なんかしませんよ」
味がしねえ……。茜さんはなんで恥ずかしげもなく、こういう事を言うんでしょうか。そろそろ手加減してもらわないと俺が死んでしまう。ショック死する。
そうして茜に揶揄われつつも食事を終えた。ここ最近素っ気ない気がしたけど今日は普通だったな。テストが終わったからだろうか。
さあ、ここからが勝負だ。プレゼントを渡し告白する。
「茜、手出して」
「こうですか?」
「ほい、改めて……誕生日おめでとう」
「まだプレゼント有ったんですか!? ええ、嬉しい! 開けて良いですか?」
「おう」
茜がプレゼントを開けるのを待つ。あかん、心臓がバクバクいってる。受験の時ですらここまで緊張しなかったのに。
「わっ、ヘアピンだ。かわいい……」
「茜に似合うかと思って買った……。値段は安めだけど……」
「私このデザイン好きです。嬉しい……」
「それは良かった」
「じゃあ、律さんつけて下さい」
「え? まじ……?」
「それを狙ったんじゃ無いですか?」
「狙ってません……。茜がそう言うなら……」
茜の髪を軽く持ち上げてる。それはビックリするほどサラサラで絹のようだった。蛍光灯に照らされた髪は宝石のように上品に輝く。それほど美しい黒髪。
ヘアピンなんて小さい頃、妹につけてやったことがあるはずなのに、手が震えてそれどころではない。ヤバい。動揺するな俺。
左サイドに二つのヘアピンを交差してつける。何とか乗り切った……。
「ちょっと鏡見てきます」
「おう、いってらっしゃい」
ヘアピンをつけるだけでこのザマだ。今から告白なんて出来るのだろうか……。いや、出来るか出来ないかじゃない。やるんだ。
「どうですか律さん」
「可愛いよ……」
洗面所から戻ってきた茜がふわりと笑みを浮かべる。いつものような愛想の良い笑顔や揶揄うような笑みともまた違う、女性を意識させるような、それでいてどこかあどけなさも感じさせる蠱惑的な笑みだった。
あまりの美しさに思わず見惚れてしまう。その笑顔から目が離せない。可愛いだとか綺麗だとかそんな言葉では表せない。もはや神々しさすら覚える。
「律さん?」
「ああ、いや何でも無い。それより」
「それより?」
「話したいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
「奇遇ですね。私もあります。私が先に話して良いですか?」
「え、お、おう……」
勇気を振り絞って紡ごうとしたその言葉は打ち消される。出鼻をくじかれた気分だ。茜の話とは何だろう……。フラれるとかじゃないよな……。
「律さんと出会ってからもう一ヶ月半ほどですね」
「そ、そうだな」
「私にとって律さんは不思議な人だったんですよね。会って間もない人間を助けたり部屋の掃除を手伝ってくれたり。ただの良い人かと思ったら、なんか悩んでいる様子もありましたし」
「そうだっけな……」
「家にお邪魔すると、お菓子を作って待っていてご飯も作ってくれて、その上たまに掃除も手伝ってくれて……。お母さんみたいで。けど何処か頼れるところもあってお兄ちゃんみたいで」
「俺の性別はどっちなんだか」
「ふふっ、そうですね。ゲームをすると無邪気に喜んでいて、風邪を引くと弱った顔をして……それが子供みたいで可愛くて」
「男に可愛いは褒め言葉じゃないぞ」
「私としては褒めてますよ」
茜は何を話したいんだろうか。どうにも焦らされているようでむず痒い。そんなに優しい顔をされて言われると、俺には何にも言えない。
「とにかく律さんと一緒に居るのは居心地が良いってことです」
「そっか、それは嬉しいな」
「はい。けどそんな関係も今日までです」
「なんて?」
茜はニコリと笑みを浮かべる。目にはどこか強い力があり、口元には余裕が感じられる。先程とは対照的にどこか大人っぽさを感じさせる表情だった。茜の言葉の意味が分からない。頭の処理が追い付かない。
「律さん」
「何?」
「私と……、恋人になって下さい」
その言葉を聞いた瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。張り詰めていた緊張の線が一気に切れたのだろう。……俺から言おうと思ってたのに。
「あああ~」
「え、どうしました?」
「力が抜けた」
「何やってるんですか」
「茜が悪い」
「私ですか?」
「俺の言葉を奪うから」
「それってオッケーて事で良いんですよね?」
「その意味以外に何があるんだよ」
してやられた。俺の言葉を遮ってまで言ったって事は俺の気持ちには気付いていたのだろう。本当にコイツは何なんだ。全然予想がつかなくて、一緒に居ると楽しい。
「律さんがここ最近様子がおかしかったので、もしやと思って」
「お前最近素っ気なかったのわざとだろ」
「さあ、どうでしょうか?」
「良い性格してるよ本当に」
「褒めてますよね?」
「褒めてるよ」
まるで
「でも律さん」
「何だよ」
「私も……我慢してたんですよ……?」
本当に小悪魔だ。小悪魔どころかむしろ悪魔。悪女。俺の弱いところを狙って的確にクリティカルアタックを繰り出してくる。その言葉を聞いて無事で居られるわけがない。
気が付いたら、俺は立ち上がって茜を抱きしめていた。
「キスとかじゃないんですか?」
「余裕だな茜」
「三回目ですし」
「キスは後のお楽しみだ」
「言い方がいやらしいですよ?」
「お前が言わせたんだろ」
茜の頭を優しく撫でると、かすかに茜の手が震えた……気がした。今は顔は見えないがもしや……。俺は頭を後ろに引き、茜の顔を見つめる。
「お前真っ赤じゃねえか」
「仕方ないじゃ、ないですか」
「さっきまで
「それは必死に抑えていた、んですよ」
ややしどろもどろになりつつ、茜は答える。いや、赤すぎるだろう。これ俺の顔よりも赤いんじゃないのか?
「あの律さん、そろそろ離して、もらっても?」
「嫌だね」
「あの、私、死にそうです」
「今までのツケが回ってきたんだろ。仕返しだ」
「もう、無理ですう……」
本当にヤバそうな顔をしていたので、離してやる。顔どころか首の辺りまで真っ赤だった。今までこれ隠してたって……、どんだけだよ。
「あの、もう無理なので、ケーキ食べましょう。これ以上律さんと触れ合ってたら心臓止まります」
「分かったよ。アイスティーで良いよな?」
「お願いします……」
それにしても、茜の体柔らかかったなあ……。こう言うと変態っぽいけど、もう付き合ってることになるんだし良いか。
アイスティーも用意してケーキも切り分ける。何故か俺はホールサイズを作ってしまったので、今日食べたぐらいじゃ全然減らない。冷蔵庫パンパン何だよなあ……。
「これは明日は朝ケーキだな」
「良いですね。朝からテンション上がりそうです」
「それじゃ、食べるか」
「あ、律さん。食べる前に律さんからも言って下さいよ」
「何を……ってそういうことか。分かったよ」
そういえば、俺からは言ってなかったな。俺は一度呼吸を整える。茜に打ち消された言葉を再び紡ぐ。
「俺は茜が好きだ。付き合って下さい」
「もちろん。喜んで!」
今までのどんな時よりも眩しい笑顔で彼女はそう言ったのだった。
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