第24話 デート①
「茜、明後日デート行こう」
俺がそう言ったのは茜と恋人になった日の翌日だった。茜に先に告白されてしまったのでせめてもの悪足掻きだ。俺が誘おうが、茜が誘おうが結果は変わらないのだろうが。本当は明日にしようと思ったが、茜はサークルがあるらしい。
「良いですね」
「どこか行きたいとこある?」
「うーん……、あっ、水族館とかどうでしょう?」
「水族館か……。しばらく行ってないしいいかもな。じゃあ、それで」
「でも律さんから誘ってくれるとは思いませんでした」
「いや、誘うだろ。お前カノジョだし」
今まで俺から何かやろうと提案したことは無かったが、それはそれ、これはこれ。付き合ってもいない年上の男に誘われるのは嫌かもしれないと、気を遣ったからだ。しかし、今は状況が違う。
「そういうことサラッと言うのダメです……」
「お前はストレートに弱いのな」
「恥ずかしいので帰ります」
「素直だな」
付き合って以降、茜が可愛くて仕方ない。いや、前から可愛いとは思っていたが。実際可愛いし。しかも普段は平気で下ネタを言ってくるくせに、こんな単純な攻撃で照れるところがもう堪らない。
「明後日、楽しみにしてますね……。おやすみなさい」
「おやすみ」
なんだ今の顔は……。ちょっと照れたかのように、はにかむ顔なんてもう良い。ちょっと細くなった目とか、頬に出来た控えめなえくぼとか、チラッと八重歯が覗いているとことか、普通に最高。
俺がこんなに浮かれることがあるとは……。いや、自分で気付いてなかっただけで今までも浮かれてたことあったのかな。
* * * *
そして明後日。昨日は眠りにつけるか心配だったが、バッチリ睡眠をとれた。遠足前の小学生状態にはならなかったようだ。
今日は暑くなりそうなので、黒のアンクルパンツに白の半袖シャツを着ておいた。いくらか涼しくなるだろう。もう待ち合わせ時間なので家を出るか。待ち合わせって言っても家出てすぐに会うんだが。
「おはようございます」
「おう、おはよう……!?」
茜の服装を見て、うっかり昇天しそうになった。別に露出が激しいわけでは全くない。ノースリーブでも、オフショルダーでも、はたまたスカート丈が特段短いわけでもない。膝丈より少し下ぐらいだろうか。
茜が着ているのは白のワンピースだった。全男の
更には茜の髪には、俺が誕生日にあげたヘアピンが着いていた。カノジョが俺のプレゼントをデートの日に身につけてくれる。ここまで幸せなことはあるだろうか。
「律さん……?」
「ナ、ナンデスカ?」
「何でカタコトなんですか。何か言って下さいよ……」
「超可愛い」
危ない、危ない。視覚情報の処理が追い付かなくて言語機能がイカれてしまっていた。もうね……、ダメ。俺の褒め言葉にいちいち照れているとことか本当ダメ。語彙力まで低下しているようだ。恐ろしい。
「あ、りがとうござ、います……」
「やめて、照れないで。俺まで恥ずかしくなる」
「律さんも、格好良いですよ……」
「ありがとう」
俺は素直に感謝を述べると茜が不満そうに口を尖らせていた。何が不満なんだか。
「律さんだけ照れないのズルいです」
「アホな事言ってないで早く行くぞ、ほら」
茜の手を握って歩き出す。茜は一瞬、瞳を大きくさせたがすぐに握り返してくれた。俺はヘタレなので、もちろん普通の繋ぎ方だが。恋人繋ぎなんてしたら手汗が吹き出て脱水症状で死んでしまう。なんで茜相手だとここまで緊張するんだろうか。
* * * *
電車と徒歩を合わせて三十分ほどで水族館に着いた。今日は平日なので、夏休みに入っている学校もあるとはいえ、それほど人は多くない。とりあえずチケットを買ってしまおう。
『大人二名様で四千円頂戴いたします』
「はい、四千円丁度でお願いします」
『丁度頂戴いたします。こちらチケットのお渡しでございます』
四千円か……。事前に調べて金額は分かっていたが若干重いな……。というのも最近散財しすぎたのが原因なんだが。
「律さん、はい私の分です」
「え、いらんて」
「私の誕生日にかなりお金使ったでしょう。受け取って下さい」
「いや、初デートぐらい奢らせ――」
「これから何度もデートするんですよ? 大人しく受け取って下さい」
「分かりました……」
押し付けられた二千円を財布にしまう。うん、やっぱり茜格好良いわ。奢られて喜ぶどころか、俺のお財布事情に気付いてくれるなんて……。
「あと律さん、初デートじゃないですよ。前パソコン買うの付き合ってくれたじゃないですか」
「そういえば、そうか」
「あの時、律さんは私のことを全くといっていいほど意識してませんでしたが」
茜はいつもより低い声で拗ねたように言う。は? 可愛い。何今の。可愛すぎるんだが。ちょっと拗ねてるとこが特に可愛い。いつもは澄ましたような顔でぶっ込んでくる分、破壊力が高い。
「律さん顔ニヤけてますよ」
「はっ、しまった。つい」
「何考えていたんですか」
「いや……、茜が可愛すぎるから」
「バカップルみたいなこと言うの止めて下さいよ」
口では素っ気ないような事を言いつつ、頬を少し赤く染めているのもいいな……。俺はいつから
「もう、早く行きますよ」
「分かった分かった」
手を引かれながら歩くと、売店とフードコートが目に着いた。まあ、ここは後回しでいいだろう。もう少し歩くと、東北のうみと書かれて看板が目に着いた。東北の海ねえ……。神奈川出身だから知らんなあ。
「へえー、ホヤですって」
「そういえば、宮城名物だったな」
「こんな見た目で貝じゃないんですね」
「
「どんな味なんですかね?」
「このグロめの姿を見て、食いたいと思えるのか」
ブレなさすぎて笑う。茜はアレだ。真っ先に花より団子を選ぶ人だ。
「まあ次行きましょう」
「そうだな。お、ダイオウグソクムシだ」
「うわ……」
「え、可愛くね? 女子とかに人気じゃねえの?」
「どう見ても虫じゃないですか……」
「お前虫ダメだったな」
「向こう見てきます……。律さんはごゆっくり」
「おう、ありがとう」
茜は向こうの方を見に行ってしまったので、俺一人で堪能する。このヨチヨチ歩くのが可愛らしい。食事するのも滅多に見られないんだっけ。学校の勉強よりこういうことの方が覚えてたりするんだよな。
無限に見てられそうだが、茜を待たせているからもう行くか。じゃあねダイオウグソクムシちゃん。
「お待たせ」
「いえいえ。それよりも律さん、ダイオウグソクムシに向かって軽く手振ってませんでしたか?」
「え、見てたの?」
「はい。ダイオウグソクムシ>カノジョ、ですか?」
「妬くな妬くな。ダイオウグソクムシに妬くんじゃないよ。アイツは日本のアイドルだぞ」
「そうですけど……」
面倒くさいなあ。まあ、そこも可愛いんですけどね。俺から手を握ると、ちょっと満足した顔してるし。チョッロ。
「私のことチョロいと思ってません?」
「お前何? エスパーなの?」
「そうですよ。私テレパシー能力持ってるので」
「そりゃ凄い」
俺の軽口にしっかりと軽口で返してくるあたり面白い。下らないことをいい合っているうちに一階の展示が終わっていた。二階は外国のモノが多くいるらしい。
「律さん」
「何だ?」
「楽しいですね」
「そうだな」
楽しくないわけがない。茜と手を繋いだまま二階へのエスカレーターに乗った。デートはまだ始まったばかりだ。
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