第21話 試験勉強②

鈴音すずね、ちょっといいか?」


「り、律君……。な、何?」


「昨年ってさ、文化人類構想学ぶんかじんるいこうそうがく取ってた?」


「え、う、うん。文学部の必修だからね」


 翌日のサークル終わり、俺は同期の文学部の女子、森鈴音もりすずねへと声をかけた。もちろん茜のためだが。


「試験ってどんな感じだった?」


「うーんと……、論述メインで後は単語当てはめたりとか……」


「なるほどな」


「去年使ったノートとかあるから良かったら貸すよ?」


「まじか、助かるわ」


「あ、あのあのそれで律君、そこまでする相手って茜ちゃんって子だよね?」


 うん? どうして鈴音が茜のことを知っているんだ? 実は二人とも面識があるとか? そりゃあ工学部の俺が去年の文学部の科目を知りたがっていたら可笑しいだろうが。鈴音の意図が読めない。


「あ、え、えっと香奈かなちゃんから聞いて……。この前お好み焼きパーティーをしたって……」


「ああ、なるほど」


「でも香奈ちゃんが広めてるって訳じゃ無いよ。私が浩斗ひろと君と香奈ちゃんが話しているのを聞いて、その後香奈ちゃんに聞いたってだけだから」


「理解したわ」


 広まっているとかじゃなくて良かった……。流石にアイツらも俺と茜が毎日一緒に飯を食っているっていうことは知らせてないよな?


「そ、それでね律君、良かったら一緒に帰らない?」


「へ? 別にいいけど」


「あ、ありがと。律君の家行く途中に私の家あるからそこでノート渡すからね」


「サンキュ。でも写真とかでも良かったんだが、わざわざ良いのか?」


「う、うん。ノートの方が見やすいでしょ」


「助かる、ありがとう」


 俺と鈴音は同じ方向に歩き出す。そういえば、一年の最初の方とか一緒に帰ったりしたことがあったな。最近じゃ俺もサークル終了した瞬間にサーッと帰ってたし、鈴音と帰る事なんてほぼ無かった。


「あ、あの律君って最近また明るくなったけど……」


「ああ、なんか色々吹っ切れたんだわ」


「そうなんだ、良かったあ」


「心配してくれてたのか、ごめんな」


「い、いや全然。律君が元気になったのって……その茜ちゃんって人のおかげ?」


「え? そうと言われればそうだけど……」


 なんだいきなり? どうしてここまで聞いてくる? もしかして話題に困っているのだろうか。思えば鈴音は俺と話すとき若干怯えているような気がしないでもない。俺なんかやらかしたかな。


「茜ちゃんってどんな子?」


「どんな子ねえ……。黒髪ボブカットで顔は整ってるなあ。鈴音より髪がちょっと短いかも」


「せ、性格は?」


「性格? うーん……、押しが強くて、頑固だけど優しい」


「へ、へえ……。あ、家すぐそこだからちょっと待っててね」


「了解」


 言われた通りに待っておく。目の前にはでかい一軒家。そういえば、鈴音も実家暮らしだったな。立派な家に住んでるもんだ。羨ましい。なんて考えていたら三分もかからずに鈴音が戻ってきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとな、じゃあまた」


「う、うん。今日はありがと……」


「それ俺の台詞せりふな、じゃあな」


 鈴音と別れて家に帰ると中は暗かった。茜も今日はサークルの日だったけ。最近アイツの方が先に家に居たこともあったから不思議な感じだ。そもそも家主どっちだよって話だけども。


 サークル中に来ていた運動着を洗濯機に入れていると、ガチャリと音がした。帰ってきたか。


「お帰り、茜」


「……ただいま。律さん誰かと話してました?」


「おう。昨日言った鈴音って奴な。ノート貰ってきたぞ」


「なんか親しげでしたね……」


「そりゃ同じサークルで一年間は居るからな」


「美人さんでしたね」


「確かに鈴音は美人だな」


 茜はジト目でこちらを見てくる。頬はかすかに膨らみ、口を尖らせている。いかにも不服であるといった表情だ。何を変な勘違いしてるんだか。


 俺は茜の真正面に立ち、茜の顔に手を近付ける。そしてその頬を軽くつねった。


「ひょっ、らりふるんでふか!? (ちょっ、何するんですか!?)」


「茜がアホな事言ってるからなあ。こうでもしないと分からんだろ?」


「わらひ、まひがったほほいっへまへんよ(私、間違ったこと言ってませんよ)」


 すげえ柔らかいな。どうして男女でここまで差が出てくるのか。めっちゃふにふにしてるし。ずっと触っていたくなるようなもちもち加減を堪能しつつ、じゃんけんブルドッグの如く茜の頬を動かす。


「ひゃめてくだひゃい!(止めてください!)」


 そこまで言われると、流石に手を離すしか無い。俺はパッと手を離す。


「分かったろ、茜」


「……何がですか?」


「俺が頬をつねるのはお前ぐらいだって」


「…………」


 茜は黙ったまま俯く。耳はかなり赤いから恥ずかしいのだろう。分かる。俺もめちゃくちゃ恥ずかしい。


「大体この一ヶ月のほとんどお前と一緒に居るんだぞ」


「…………」


「他の女子に目が移るはず無いだろ。分かってくれ」


「……律さん」


「やっと喋ったな、何だ?」


「……痛かったです」


「すまん」


「あと視線が変態のそれでした」


「おい」


 それを言われると普通に傷付く。確かに、茜の頬を触ってる俺はさぞや締まりの無い顔していたことだろう。だって柔らかすぎるんだもん。


 茜が顔を上げ、上目遣いで俺まっすぐに見てくる。うはあ、それは反則……。可愛いしあざといし可愛い。超可愛い。


「……次はもっと優しく触って下さい……」


「え? 次も良いの?」


「口が滑っただけです」


「なんだよ」


 本音をいうと、頬どころか頭も撫でてみたいが止めておこう。俺が変態みたいだし付き合っているわけでもない。というか、その台詞せりふは色々ダメだろう。別の意味に聞こえかねない。


「飯何食いたい?」


「……オムライス」


「あいよ」


 茜はまだ顔が赤いまま俺と目を合わせない。正直その方が助かる。というのも、俺だって茜と同じか、それ以上に顔が赤い自信があるからだ。バレないようにそそくさと台所に向かう。料理をすれば多少リセットされるはずだ。


 冷やご飯があるから米は炊かなくて良いし、早く出来そうだ。タマネギはみじん切り、キャベツはざく切りしておく。あとは、鶏モモを一口大に切ったら切る作業は終わりだ。


 フライパンに鶏モモを入れて火にかけて、スープ用の鍋も水を入れて火にかけておく。鶏に火が通ったら、タマネギとマッシュルーム缶のマッシュルームを投入。ケチャップと顆粒コンソメで具に味をつけて少し炒めたら、温めたご飯を入れて良い感じになるまで炒める。


 スープ用のお湯が沸いたら、固形コンソメ一個とキャベツを入れてキャベツが柔らかくなるまで火を通して終了。チキンライスは大皿にこんもりと盛り付けておく。


「律さん、今日スプーンだけで良いですか?」


「おう、それで大丈夫」


「卵はふわとろが良いです」


「任せろ」


 次はオムレツ作りだ。卵三個を溶いたら牛乳ちょびっと、粉チーズをパッパッと振りかける。あとは多めのバターを熱したフライパンに卵液入れて、適当に箸でグルグルしたら、固まりきらないうちに形を綺麗に整える。チキンライスの上に崩れないようにのせたら完成。


「すごい形綺麗ですね」


「まだ終わりじゃ無いぞ」


「え? 包丁?」


 小さい包丁でオムライスの真ん中に切れ目を入れて左右に開く。するとトロトロの卵たちが顔を覗かせる。控えめにいって超美味そう。昔これ作るのにはまったことがあったなあ。


「……そのオムライスを家で作る人初めて見ました……」


「なんでちょっと引いてんの? 凄くね?」


「いや……、凄すぎて引くっていうか……」


 茜はわーっと拍手でもするものかと思ったが、普通に引いていた。その反応は予想外だし、普通に傷付く。喜ぶかと思って作ったのに。


「冗談ですよ。内心かなり喜んでます」


「俺を慰めるために言ってない?」


「言ってないですよ、それじゃあ」


「「いただきます」」


「んーっ!? 美味しいです。ふわとろです」


「そりゃ良かった」


 今日の茜の顔は一段と輝いている気がした。機嫌が良くなったのか、俺の目が可笑しくなったのかは分からない。ただその顔を見れることが嬉しいことだけは分かる。


「どうしました? 私の顔をジーッと見てますけど……」


「んやっ、何でも無いわ」


「そうですか? 顔も赤い気がしますけど熱とか……」


 自分の顔が赤いのなんて気付くわけが無い。そんなことを言われたら嫌でも自覚してしまう。茜の嬉しそうな顔が見えて嬉しいだなんて言えない。もっと他の表情が見てみたいだなんて。


 ああ……、気付いてないふりをしていたのに、もう一度あんな悲しい思いをしたくないから抑え込んでいたのに。一度溢れ出たそれは、もう止められない。蓋をしてもすぐに外れてしまうことだろう。


 俺は茜が好きだ。


 


 

 

 

 




 


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