第10話 パソコンを買いに
そして土曜日。外は曇りなので念のため折りたたみ傘を持って行くか。俺はネイビーの半袖Tシャツに白パンツを着て、黒のキャンバスシューズを合わせる。髪は軽く立たせておいた。
家を出ると丁度茜と会う。お互いに時間ピッタリで家を出たようだ。茜は白の半袖Tシャツに黒のタイトスカートを履いていた。若干ミニって言うか、膝丈より少し上ぐらいだから、一瞬ドキッとした。
こういうと変態みたいだが俺脚好きなんだよな。ほどよく筋肉ついたふくらはぎとか、少しムチッとした太ももとか。おっとこれ以上は止めておこう。
「律さんは脚フェチなんですか?」
「なんで分かんの?」
「私の脚をマジな目で見ていたので」
「よく分かるな」
「似合ってますか?」
「勿論。普通に可愛い」
「律さんは無駄にモテそうですよね」
「なんだよ無駄って」
茜が無表情でおかしな事を言ってくる。声に棘があるような気がするのは、気のせいではないだろう。どう答えれば良かったんだか。しかも俺モテるわけじゃないし。付き合ったことも告白されたことあるのも元カノの
「何でもないです。律さんも似合ってますよ」
「おう、ありがと。じゃあ、行くか」
「はい」
「あ、傘持ったか?」
「持ちましたよ。お母さんですか?」
俺と茜は隣り合って歩き出す。
「ヨドバツカメラに行くんでいいのか?」
「そうですね、あそこが一番良いでしょう」
「何のノートパソコン買うかとか決めてんの?」
「決めてたら律さんを付き合わせませんよ」
「自慢気に言うなよ」
「とりあえずワード使えて、軽くて、そこそこのスペックならいいです」
「了解」
そうして他愛の無い話を続けていると、駅に着いたので地下鉄に乗る。電車に乗った瞬間、茜は何か思い出したかのように声を上げた。
「どうした? 忘れ物?」
「いえ。あの……、私と律さん連絡先交換してないじゃないですか」
「ああそういえば」
「交換、しません?」
「するか」
俺らはメッセージアプリを起動し、お互いにスマホをふる。なんかシュール。心なしか周りの人に見られている気もするが、それは気にしたら負けだろう。
「私たちなんか順番おかしくありません?」
「確かに。普通は連絡先交換してから、ご飯一緒に食べたりするもんな」
「それどころか食費出し合っているじゃないですか」
「同棲カップルみたいだな」
「ですね」
そこは照れないんだな。俺も特に意識せず言ってしまった発言ではあるけれども。そんなことを話していたら仙台駅に着いた。降りるとき、後ろから強引に割り込んできたおっさんが茜にぶつかり、茜が転びそうになる。
「わっ、っとと、あ、ありがとうございます……」
俺は転びかけたの腕をつかみ、なんとか支える。なんとか間に合って良かった。
「大丈夫か? 怪我は?」
「肩が当たっただけなので……、あの……、手……」
「あ、悪い悪い」
強く握りすぎたので、パッと手を離す。緊急事態とはいえ、いきなり握られたら戸惑うよな。
茜を見ると耳が真っ赤になっていた。艶やかな黒髪が耳にちょっとかかっているため、余計に分かりやすい。
「あの……、手を握られるのが嫌とかでは無いんですけど……」
「じゃあ、今から手握るか?」
照れている茜が可愛いので、つい揶揄ってしまう。勿論冗談だ。流石にやりすぎだろうか。付き合っているわけでもないから手を握るのは可笑しいよな。
「律さん私を揶揄ってますね」
「すまんすまんつい」
茜はジト目で俺のことを見ている。そして何かを決心したのか一瞬で表情を戻すと、ニッコリと笑った。あ、その笑顔は少し怖い。だって目が笑ってないもん。
「仕返し、です」
そう言った茜は俺の手をキュッと握ってくる。さっき俺が手を掴んだときは夢中で分からなかったが、茜の手はヒンヤリとして、スベスベで、そして柔らかかった。手を握ったのなんて過去にいくらでもあっただろうに、茜の緊張が直接伝わってきて、俺まで緊張してくる。
「あれ、律さん顔赤いですよ」
「うるさい、お前も十分赤いぞ」
「お揃い、ですね」
その言葉は反則だろう。囁くような茜の言葉が耳朶を打った。小さいのに何処までもクリアな茜の声は倍音を思わせるよう。少し
「律さん、人を揶揄ってはダメですよ」
「茜の方が揶揄ってんじゃん……」
「私は良いんですよ」
「ほら、もう満足したろ。手を離してくれ。このままだと恥ずか死ぬ」
「そうですね。私もムラムラしてきましたし」
そう言って茜は手を離してくれる。何か今までのどの瞬間よりも緊張した気がするな……。もう既に心労がすごい。てか、本当にこの子何言ってんの?大丈夫?
「なんでそういう軽口は叩けて、直球には照れるんだよ……」
「経験がないからです。強いて言えば妄想ぐらいでしか」
「さいですか……」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えるもんだな。紅潮した顔はもう白くなりかけているし……。切り替え早すぎない?
改札を抜けて、ヨドバツカメラへと歩いて行く。土曜日だからか結構な人が歩いていた。カップルもちらほら。
「律さん、私たちもカップルに見られているんですかね?」
「そろそろ攻撃の手を緩めてくれませんかね?」
「私は基本的に三倍返しなので」
「ハンムラビ法典って知ってる?」
「紀元前にバビロニアを統治したハンムラビ王が発布した法典ですね」
「そこまでは聞いてない」
流石文系。俺も歴史は好きな方だが、そこまでは詳しくない。というか、今上手いこと
ヨドバツカメラに入り、ノートパソコンのコーナーへと歩いて行く。そこには沢山のものが合ったが、正直俺には違いが分からん。
「どれが良いと思います?」
「予算はどれぐらいだ?」
「八万までなら」
「了解。何かこだわりは?」
「出来ればウィンドウズが良いです。あと、軽くて薄い奴」
「これとかは?」
俺が指を差したのは、タブレットとしても使える薄型ノートパソコン。値段は四万五千円ほどで、キーボードの重さを合わせても一キログラムちょっと。画面は少々小さいが持ち運びには便利なはずだろう。
「良いですね。これにします」
「即決だな。他のは見なくていいのか?」
「ええ。値段、重さ、便利さでこれがベストでしょう」
そう言うと、茜は店員を呼び、テキパキと購入まで進めていた。俺はそれを後ろで見るだけだ。こう何度も
分かっている。この考え方は偏屈だ。たった一人しか見てこなかったのに、全てがその枠に当てはまると決めつけている。軽く自己嫌悪に陥っていると、会計を終えた茜がこちらに戻ってくる。
「お待たせしました。って、どうかしましたか?」
「俺、これからはもう少し、人の本質に目を向けるように努力する」
「なんか面倒くさいこと考えてますね」
「俺は面倒くさい奴だから」
「そんなことないですよ。律さんは分かりやすい人です」
「それ褒めてないからな」
俺の言葉を否定してくれる茜の言葉がやけに嬉しかった。茜の言葉は俺の居場所を作ってくれるようで、それでいてどこか優しい。俺はくしゃりと笑った顔を茜に見せる。
「良いんですよ、律さんはそのままで」
「おい、それ以上言うと……、泣くぞ」
「泣いて下さいよ。見てみたいです」
「まあ、泣かんけどな」
茜は、なーんだと呟くと俺の一歩前を歩き出した。俺はそれに着いて行く。少し前のネガティブな感情はもう、消えていた。
「荷物持つぞ」
「別に良いですよ。私のものですし」
「俺はお前を甘やかしたいんだよ」
「ふふっ、じゃあお願いしますね?」
荷物を受け取ると、それは少し重たかった。幸せの重みとはこのようなことを言うのだろうか。なんてバカな事を考え、俺は茜の隣に並んだ。
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