第9話 二回目の夕飯
時間が経ち夜。俺は米を研ぎ、茜はリビングでゲームをしていた。世界的に人気なキャラが主人公のレースゲーム。俺はそれを横目で見つつ、炊飯器をセットした。早速唐揚げをリクエストされたので今から作る。
「あーミスった。うわめっちゃ抜かされた」
「そこもうすぐ行くとショートカットあるぞ」
「あー本当ですね。おー順位上がった。ありがとうございます」
俺はそれを微笑ましく思いつつ、キュウリを五ミリ幅ぐらいに斜め切りしていく。茜からのお裾分けがまだ沢山あるのでキュウリはたっぷり二本。ボウルに入れた後塩もみし軽く絞って水分を切ったら、醤油、砂糖、酢、めんつゆを適量投入。
次は半割りにして種を取ったピーマンを千切りにして、サラダ油をひいたフライパンでしんなりするまで炒める。味付けは塩、醤油のみ。仕上げに白ごまをふる。
キャベツは千切り、トマト一個はくし切りにして唐揚げを入れる大皿に盛っておく。長ネギは味噌汁用に小口切り。なめこはさっとぬめりを取っていく。これにて、下ごしらえ終了。じゃあ、唐揚げ揚げていくかあ。
冷蔵庫から下味をつけておいた鶏モモ肉を取り出す。下味は夕方につけておいた。肉に小麦粉を加え、揉み込んでいったら片栗粉を表面にまぶしていく。こうするとカリッと揚がりやすい。フライパンに肉が浸るぐらいの油をいれて点火。味噌汁用の鍋も点火。
油の温度は割と勘。というか、家族全員唐揚げが好きでよく作ってたから、なんとなく油の温度が分かる。今回は二度揚げするので、一回目は低温、二回目は高温で揚げて唐揚げも終了。味噌汁は和風だし入れたら、なめこ入れて味噌溶かして完了。
「飯出来たぞ」
「はーい」
いつの間にか茜が配膳してくれていたので、後はただ食べるだけだ。唐揚げって言うことは、つまりビール案件。酒!飲まずにはいられないッ!
「茜は飲む?」
「酷い目にあったので飲みません」
「了解。それじゃ――」
「「いただきます」」
うん。やっぱりいいな。自分以外の誰かと一緒にご飯を食べるのは。ちなみに今日のメニューはキュウリの浅漬け、ピーマンの塩きんぴら、唐揚げ、なめこ汁だ。食べるのが自分だけだとここまで品数を増やさないからな。二人分だと作って楽しい。
「唐揚げすごいサクサクですね。中はジュワッとジューシー。味も美味しいです」
「そりゃ良かったわ」
「唐揚げは勿論ですけど、律さんの野菜料理とか味噌汁ってやたら美味しいですよね、実家に居るとき野菜ってそこまで好きじゃ無かったですよ」
「野菜農家なのに?」
「ええ。だから、実家の野菜の美味しさが分かって嬉しいです」
「野菜は料理次第で化けるよな。俺、妹に野菜食わせるために料理の腕前上げたし」
「妹さん好きですよね」
俺はそう言われて少々返答に困る。確かに妹のことは好きだが、別にシスコンって訳じゃあない。俺を邪険に扱うような妹ではないので、可愛がるのはある意味当然のような気がするが。もしかして、これがシスコンってことか……。
「嫌いではないわな」
「いいじゃないですか。私もお姉ちゃん普通に好きですし。あ、ご飯のおかわりお願いします」
本当に良い食べっぷりだな。見ていて気持ちが良い。良く食べる女子って良いよな……。こっちまで食欲が湧いてくるし。お茶碗にご飯をよそると嬉しそうに顔を輝かせるのが特に好ましい。この笑顔だけでご飯が進む。進んでるのビールだけど。
「茜はよく食べるけど、痩せてるよね。どこでカロリー消費してんの?」
「サークルは普通に激しめですし、太りそうになったらランニングしてますよ」
「ほー、そりゃストイックな」
なんでそこまでストイックなのに生活習慣はそれほど残念なのだろうか。不思議で仕方が無い。
「律さんの考えていること分かりますよ」
「じゃあ、当ててみ」
「なんで生活習慣に全く力を注がないのかっていうことですよね」
当たり。どうして分かった。
「やりたくないことに力を入れたくなかったんですよ。幸いお金はありますし」
「ああそうだ、そうだ。それだ」
「どうしました?」
「なんでこのマンションに住んでるんだ?もっと良いとこ住めただろ」
俺の部屋の家賃は五万ぽっきり。IKで部屋は十畳ほど有るし風呂とトイレはセパレートかつ二口コンロで割と快適だが……。駅と大学からは結構離れているし、お世辞にも立地が良いとは言えない。
「私の部屋に集まられたりするの嫌だったので」
「ドライだな」
「律さんもそうでしょう?」
「そうだけどな」
「私は割と一人の方が良いんですよね」
「ふーん。人懐っこいようにみえるが」
「それはそうしたい人にそうしてるだけです」
俺の部屋で飯食ってるぐらいだから、そうだとは思ってたけど。思えば合コンで遭遇したときも、ひたすら飯食ってたな。
「そりゃ光栄だわ」
「律さんは、ゴキブリ退治してくれて、更に掃除を四時間も手伝った後ご飯をごちそうしてくれましたもんね」
「そう言われると照れるわ」
「寝ている私も襲いませんでしたし」
「そこまで
「元カノさんとの失恋引きずってんの丸わかりでしたし」
「君そこ結構突っ込むよね?」
前々から思っていたが、茜は俺に元カノの話を振ってくることが多い。俺の反応を楽しんでいるのか、ただ興味があるだけなのか。
「律さんの反応が面白いのと、私自身興味があるんですよね」
「なんで興味が湧くんだ?」
「家庭的かつ紳士的な律さんが浮気されるって一体どんな人なんだろうと」
「単に向こうが俺に飽きたんだろ」
「そこが不思議なんですよねえ……、ごちそうさまでした」
「おう、お粗末様」
ごちそうさまと言われるだけで、妙に嬉しい気分になる自分にちょっと驚く。そういえば、満腹感は幸福感につながるらしい。多めに揚げた唐揚げはすっかり皿から消えていて苦笑してしまう。
「私のこと大食いだと思っています?」
「良い食べっぷりだとは思う」
「律さんは小食の人の方が好きですか?」
「いや全然。俺の作ったご飯をモリモリ食べてくれる子の方がいい」
「そ、そうですか……」
茜は焦ったように水を飲んでむせていた。なんてベタなことを。なんで質問してきて照れているんだよ。俺にそう答えて欲しかったんじゃないのか?
「水はゆっくり飲みなさいよ」
「コホッ、コホッ……。分かってますよ……」
むくれたように口を尖らせて答えてくる。不服そうだ。俺は洗い物をしよう。
「茜食器下げてくれ」
「勿論です。てか、洗い物しますよ」
「皿割らない?」
「律さんは私を何だと思っているんですか?」
「家事レベル幼稚園生」
「食器洗いだけは昔からやってたので大丈夫です。家庭科の授業でも毎回洗い係でしたし」
「まあ、今日はいいよ。ゲームでもしてくつろいでくれ」
まず残った揚げ油をオイルポットに注ぎ、油がついた皿やらフライパンやらはぼろ布で油を吸わせていく。作っている合間にちょくちょく洗っていたので、洗い物はそこまで多くなかった。これなら十分ぐらいで済むだろう。
「あっ、そこで甲羅投げないで下さいよ」
「俺だって投げたくないんだよ。手が勝手に」
「そういう冗談はいいです。あ、キラー出た」
「まじ? 今七位だろ。そこで使われると俺詰みかねないんだが」
「使いますよ、勿論。負けたら私の言うこと聞いて下さい」
「絶対勝てるって確信して言ってるだろ、それ」
洗い物を終わらせた後、俺と茜はゲームを楽しんでいた。夕ご飯前にも茜がやっていたレースゲームだ。俺は今三位で茜は七位。しかし、茜は一発逆転アイテムを持っている上に、今は三週目なので、俺はほぼ確実に茜に負ける。
「おーすごい。めっちゃ順位上がりますね。お、ゴールしました」
「うわ負けた。俺もゴールしたけども」
「じゃあ、言うこと聞いてくれますよね」
「お前の頼み事次第だわな」
「土曜日空いてますか?」
「空いてるけど」
「パソコン買うの付き合ってくれません?」
「そんなことか、いいよ」
若干身構えていた自分に恥ずかしくなる。女子か俺は。茜を見ると、表情が和らいでいる。頬が緩み、八重歯が少し見えていて可愛らしい。安心したのだろうか。俺が断るはずないだろうに。
今日は不思議な一日だった。付き合っているわけでもない女の子と、食費を出し合うことになるとは。しかも、俺の方が少ないときている。
茜はどこか可笑しい。人の機微に敏感で、人の嫌な領域には踏み込まない。踏み込んできても一切不快感を与えてこない。それでいて頑固で優しい。異性としてかなり魅力的な人物なのだろう。俺はこの子に……、もう一度、人に恋心を抱くことはあるのだろうか。
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