第7話 二次会
地下鉄を降りた俺と
「茜さんはお酒飲んだことあるの?」
「ほとんどないですよ」
「家で味見程度には飲まなかった?」
「親がそういうのには厳しかったんです」
「そっか」
「そういえば、センパイの誕生日っていつですか? 私は七月二十五日ですけど」
「俺は九月十七日。茜さんもうすぐ二十歳なんだね」
「そうですよ。だから、今飲んでも誤差みたいなものですよ」
誤差って……。まあ、言いたいことは分からなくも無い。今まで生きてきた十九年以上の月日に比べれば、二十歳までの一ヶ月なんてほんのちょっとだ。
「その使い方はおかしい」
「私文系なんで。数学の話はダメですよ」
「それ昔同じこと言われたなあ……」
「元カノさんに言われたんですか?」
「いや、そうだけど……。なんで分かるの?」
「分かりますよ。あ、コンビニ着きましたね」
どうして茜さんは俺に元カノを話を振るのだろうか。そんなことを聞こうとしたら、ちょうどコンビニに着いてしまった。まあ、この話は後々聞けば良いことだろう。今はとりあえず酒。
「茜さんは何飲みたい?」
「レモンサワーとビールとチューハイ、あと梅酒ですね」
「沢山飲むなあ。明日大学は?」
「二、三限です。センパイは?」
「全休」
「うわーうらやましい」
カゴに缶を放り込んでいく。梅酒は家にあったので良いだろう。会計時、またもや茜さんと金の出し合いになりそうだったが、なんとか俺が金を出した。店を出ると、シトシトと雨が降っていた。
「私傘忘れちゃったんですよね」
「俺折りたたみ傘持ってるよ」
「入れて貰ってもいいですか?」
「もちろん」
「じゃあ、私荷物持ちますよ」
「茜さんは傘持って」
「センパイ強情ですね」
それはそうだろう。流石に後輩に荷物を持たせる訳にはいかない。そんなことをしたら男が廃ってしまう。
「やっぱりお母さんみたいです」
「それを言われて嬉しくなる男子はいないよ」
「でもセンパイはまんざらでもないでしょう?」
「だから何で分かるの?」
「顔見れば分かりますって」
茜さんの大きな瞳がこちらを覗き込む。その瞳には確かに俺の姿が映っていた。よく見ると睫毛が長く、肌は白磁のようで。サラリとなびく艶のある黒髪からは耳がのぞいていた。
「茜さんは人の懐に入るのが上手いよね」
「それ褒めてます?」
「褒めてるよ」
「なんでそう思ったんですか?」
「なんというか……、嫌な気がしないなあって思って」
「センパイは揶揄われるの好きですもんね」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。俺がマゾの人みたいじゃん」
「みたいっていうか、そのものですよ」
どうにも不思議だ。揶揄われているのに、一切嫌な気がしない。俺は本当にマゾヒストなのだろうか。そんなどうでもいいことを考えていると、いつの間にか部屋のドアの前に着いていた。鍵を指し回し、ドアを開ける。
「お邪魔します」
「ただいま。手洗いうがいしてね」
「分かってますって」
俺も手洗いうがいを済ませた後、買ってきた缶やらを冷蔵庫に入れて冷やす。おつまみはそのまま出しておこう。そして、グラスを二つ出し、まず冷えていたビールを注ぐ。
「じゃあ、乾杯」
「かんぱーい」
グイッとグラスを傾ける。まず泡が口に入り、その後のどごしの良い液体が喉を潤していく。
「いやー美味い。酒なしの合コンは考えられないなあ」
「確かに美味しいって言うか、癖になりそうな味ですね」
「お、イケる口?」
「少なくともマズくはないですよ」
「それは良かった」
俺はさきイカにかじりつく。カシカシとした食感に、じんわりと広がっていく旨味がなんとも素晴らしい。そして、グラスの残りのビールを飲む。美味い。
「にしても、居酒屋のメシって美味くないよなあ。食っといて何だけど」
「ですよね。私は暇潰しのために食べていた感じですよ」
「なんかアレだったね。今日の女の子たち、キラキラ系だったね」
「はい、あんまり普段絡まないんですけどね。今日は急遽連れられて」
「大変だねえ。女子は」
「そんなもんですよ。センパイはキラキラ系苦手そうですね?」
「苦手っていうか苦手になったというか」
「また元カノさん絡みですか?」
やっぱり鋭いな。流石文学系女子。人の機微には敏感ってとこだろうか。俺は缶に残ったビールをグラスに注ぎ、カルパスを口に放り込む。これもジュワッと肉の味がしてこれまたビールに合うなあ。
「そう。今アルコール入ってるから話しちゃうけどさ」
「はい」
「あいつは、……
「なるほど」
「受験の時も会いたいとかなんとか、毎日メッセージ来てたよ。まだ高校生の頃ね」
「そうなんですね」
気が付くと、茜さんのグラスは空になっていた。冷蔵庫を覗きに行く。
「次何飲みたい?」
「梅酒飲みたいです」
梅酒をグラスに注いでやると、茜さんはグラスを持ち上げてあっという間に飲んでしまった。仕方ないのでもう一回注ぐ。
「大丈夫? セーブしてね」
「美味しくてつい。多分大丈夫ですよ。さあ続きをどうぞ」
「ん? ああ。まあ、希美はそんな感じでね。浪人中も最初の方は結構メッセージ送ってきてたんだけど」
「段々少なくなってきたと」
「そう。一日五つが三つ、一つへと減っていってね。まあ結構少なくなったんだよ」
「ふんふん」
「んで、希美は大学生だったもんだからさ。サークルとか色々忙しいだけだと思ってたんだけど。まあ、気付かない俺も悪いんだろうね……」
俺は自嘲めいた笑みを浮かべる。反面、茜さんは真剣な表情で俺の話を聞いてくれていた。俺はグラスの残りを飲んで、梅酒を注ぐ。そしてくいっと、一息に飲んでしまう。まだ、手元は怪しくないので大丈夫だろう。すると、茜さんもつられたように梅酒を飲んで話し出す。
「実は浮気をしていたと?」
「うん、それで希美と似た容姿、性格の人が苦手になった」
「希美さんはどんな方なんですか?」
「明るめの茶髪で髪はロング」
「私と真反対ですね」
「希美も茜さんも顔が可愛いのは変わらんけどね」
「大分酔っ払ってますか?」
「割と。今日はよく回るんだよなー」
「私はまだいけますよ」
冷蔵庫からレモンサワーを取って渡す。俺がつぐよりかは、安全だろう。俺はコップに水を一杯注ぐと一気に飲み干してしまう。
「全然顔色変わんないな」
「家系的に強いんですよね」
「じゃあ、俺も聞いて良い?」
「良いですよ。何でも」
「何でもって……、スリーサイズも?」
「八十二、六十、八十五です」
「いや、答えるなよ。てか、嘘だろ?」
「はい、口から出任せですよ。自分のスリーサイズなんて把握してませんよ」
一瞬茜さんの胸を見てしまった自分を殴りたい。でも、結構胸あるよな。茜さんはまたグラスを空にし、レモンサワーを注いでいた。本当にペース速いな。顔色は白いままだし。
「茜さん、恋人いたことは?」
「昔に一回だけ。二週間で別れましたけど」
「なんで」
「向こうから告白されたんでオッケーしたんですけど、ヤリ○ン糞野郎でした」
「ちょっとお口が悪いぞ?」
茜さんはレモンサワーを飲み干すと、次をくれと目で訴えていた。残っていたチューハイを渡すと鼻唄混じりに注ぎ始めた。この子顔には出ないタイプなんだろうけど普通に酔ってるな。俺も結構キている。
「茜さんは不思議な人だよね」
「そうですか?」
「一人暮らしの知り合ったばかりの男の部屋って、あんまり行こうとは思わないはずだけど」
「センパイが不思議な人だったので」
「俺?」
「ゴキブリ退治した翌日に、部屋の掃除を四時間も手伝う人なんていま、せんよ」
「まあ、そうかもしれないけど。っと」
茜さんを見るとウツラウツラと眠りかけていた。これじゃあ、土曜日の夜の逆バージョンになりかねないな。水飲ましておけば良かった。とりあえず毛布をかけてそっとしておくか。
一週間前まではほぼ関わりの無かった人が目の前で寝ている。なんとも不思議な状況だ。俺は酔った頭で目の前の女の子をボーッと見ているのだった。
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