ギフト

椎名稿樹

ギフト

 玄関の前にダンボール。

 仕事から帰ってくるとそれが置いてあった。

 不審に思いつつも取り敢えず部屋に入れる。

 開けてみるとびっくり、札束だ。箱に隙間なく入っている。好奇心にかられ数えてみる。百万円の束が百束。つまり一億円だ。

 それにしても一体何故? 疑問符が頭に浮かぶ。


 一枚の紙を箱の中に見つけた。

 それにはこう書いてあった。

『警察に言わなければ全額あなたのもの』


 警察に通報しなければこの一億円をもらえると言う事か。

 そんな都合のいい話があるわけがない。

 最新のオレオレ詐欺だろうか。


 確かに一億円は魅力的。しかしこのままネコババすれば間違えなく人生破滅しそうな気がする。

 お金は欲しいが不気味すぎる。このお金を使えば何らかの事件に巻き込まれるか、殺されるかのどちらかだろう。


 紙には警察に通報したらどうなるかは書いていない。つまり最善の策は警察に通報する事だ。しかも落とし物として通報すればいい。インターネットで調べてみたら、三ヶ月間落とし主が現れなければ拾い主のものになるらしい。仮に落とし主が現れたとしてもその取得物の最大二十パーセント相当をもらえる権利が発生するらしい。

 要するに警察に通報すれば二千万円は確実にもらえると言う事だ。二千万円でも充分すぎる。

 それに状況的に落とし主が現れる確率はほとんどないだろう。そうなれば――この現金の謎は残ったままだが――今すぐ警察に通報したほうがいい。


 警察官にはいろいろ聞かれたが何とか落とし物として処理された。

 二千万円確定!

 警察署から帰ってきたらもう深夜0時。

 風呂に入って寝ることにした。


 しかしなかなか寝れない。

 大金が手に入ると思うと興奮して眠気が遠のく。宝くじが当たった気分だ。宝くじが当たった人はこういう気分を味わうのか。

 大金の使い道を考えていたら朝を迎えてしまった。それでも眠気は襲ってこない。気分が高揚したまま仕事に向かう。


 職場では「何ニヤけているんですか?」と後輩から言われた。表情に出てしまっているようだ。もちろん後輩には適当に誤魔化した返事をした。

 いつの間にか昼休憩の時間。今のところ何も起きていない。何となく何も起きないまま三ヶ月が過ぎる気がする。


 あっ! 気がつけばいつもの定食屋に来てた。ワンコインで満腹になるこの店の日替わり定食をいつも頼むのだ。でもこんなケチくさいことしないくてもいい。習慣とは怖いものだ。夕食は贅沢しよう。どうせ大金が入るのだから。

 それにしても何故うちにあのお金があったのか? 一体誰が運んだのだろうか? まーもはやどうでもいい。もう警察にも届けてあるので心配はいらないはずだ。


 定時と共に帰宅。

 残業なんてする気にならない。

 さて高級ステーキでも食べに行こう。


 今まで食べたことのない肉の旨味を口に残したままアパートについた。

 玄関前にもポストにも何もない。結局一日何も起きていない。

 一億円がほぼ確定したもんだ。あと三ヶ月。たった三ヶ月。自分に言い聞かせた。

  安心したせいか、なんか急に眠気が襲ってきた。今日は安眠できそうだ。

 

 さて今日は華金の朝。ウキウキが止まらない。今までに味わったことのない快感だ。

 高級外車でも買おうか。いやいや急に外車も怪しまれる。家の内装なら誰にもバレない。一層のこと家電製品を全部新品にするか。テレビも一番いいやつにしようか。などなど妄想を膨らましながら会社に行き、上の空で仕事をし、回らない寿司を食べて帰ってきた。

 

 いつものようにテレビをつけると激震が走った。

『先日ある男性宅の玄関先で現金一億円の入ったダンボールが置かれており、現在遺失物として警察署で保管しているという不思議な事件があったそうです――』

 ニュースで流れている。一体誰がリークしたんだ? これは警察と送り主しか知らないはず。送り主は、私が警察に届け出たとは知らないはずだ。と言うことは、警察がマスコミに情報を垂れ込んだのか? 余計なことを。「あれは自分の落とし物です」と言う偽の輩が出てくるかもしれない。それでは一億円もらえるはずが二千万円になってしまう。

 初めは二千万円でも納得してたが、よくよく考えてみると八千万円の大損だ。八千万なんてそう簡単に稼げない。


 私は警察にすぐに連絡した。

 案の定、自分が落とし主だと主張する人たちから電話があったらしい。しかしどれも確証が取れず、未だ落とし主不明とのこと。

 取り敢えず安堵した。

 おそらく本当の送り主は現れないだろう。現に、あの現金が送られてきて以来特に何も起きていない。

 それより危惧するのが、いつの日か警察が偽の送り主を本物だと勘違いしてしまうことだ。そうなったら最悪だ。相手は八千万円をもらい、私は八千万円を失う。

 

 落とし主が見つかったら警察から私に電話がかかってくるらしい。

 それからスマホが鳴る度にどきっとする。

 電話が気になってしょうがない。

 大金を失うと思うと怖くなる。

 ダメだ。目にした現金一億円が脳裏から離れない。あんな大金生まれて初めてみた。それが自分のものになるかも知れない。

 毎日毎日、スマホを気にし、頭の中が札束で一杯。


 札束が怖くなってきた。ずっと札束がついて回る気がする。

 とうとう夢にまで札束が……。

 まだ二週間くらいしか経っていない。先は長い。

 もはや一層のこと誰でもいいから落とし主が現れて欲しい。

 あー二千万円はもういらないよ。お金はもういらない。


 もう忘れよう。忘れんるんだ。

 でも無理だ。お金を使う度に思い出す。

 スーパー、コンビニ、定食屋。お金は毎日使う。そのたび一億円が脳裏をかすめる。


 真面目に警察に通報したのに何でこんな目に合わなければいけないんだ。

 まだまだこの地獄は続くのか。

 一ヶ月くらいすれば忘れているだろうか。時間が忘れさせてくれないだろうか。

 いやなんかお金自体が怖くなってきた。十円玉、五円玉、一円玉全部だ。全部恐ろしい。

 

 たった一度しか見ていないのに……。

 あの時見た札束ギフトは、一生私の頭から離れないだろう。

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