鍔迫り合い
サーシャは杖を掲げてレーザーブレイズを放った。ビームのような長い火線が通路を走り、正面の門扉を突き破った。門扉の破片が燃えながら周囲に飛び散る。
アウロラは片側の柵に飛びついて火の粉を払い、ランスを振って目の前のホッパーを繋いでいた鎖を断ち切った。
ホッパーたちはレーザーブレイズに驚いて鳴き立て、暴れていた。鎖が突っ張ってガツンガツンと耳に刺さる音を立てていた。アウロラは鎖の
解放されたホッパーたちはパニックのまま跳び回って他のホッパーや天井にぶつかり、途端に手のつけようのない大乱闘が始まった。
「やるなら外でやってくれ! 俺は関係ないだろ!」男が悲痛に叫んだ。
だがサーシャもアウロラもそんなものはまるで気にかけていない。
サーシャは杖を横に振り出して先端に赤い半月状の刃を出現させた。ブレードブレイズ、近接用の魔法だ。
サーシャがふっと息をつくと刃は燃え盛るような赤から青白い発色に変わった。アウロラに向かってずんずん踏み込み、ブレードブレイズを振り下ろす。
アウロラはランスを斜めに構えて切り結んだ。
「この間はロックホーンに邪魔を入れられたからね、やっとまともにやり合える」
「何度やっても、同じ」
アウロラはランスを振り上げる。しかしサーシャが押さえ込んでいるので逆に体が沈み込んだ。
アウロラはそのまま身をかがめてサーシャの右脇をするりと抜けて背後に回った。
すかさずサーシャがブレードブレイズを背後に振り抜く。
それをアウロラは後ろ飛びで躱す。ランスを投げて連続でバク転、ランスが刺さった横に着地。
ランスを引き抜いて前に構え、走り込みながらロケットに点火、腕に力を入れて急加速に追従する。
「やる気なら、容赦しない」とアウロラ。
「望むところよ」
サーシャはブレードブレイズを横にしてランスの切っ先を受け止めた。だがロケットのパワーでそのまま後ろに引きずられ、龍舎の表に飛び出した。
外ではすでに逃げ出したホッパーが家々の屋根の上を飛び回っていた。街の人々は急いで建物の中に隠れ、鎧戸をぴしゃりぴしゃりと閉めて回っていた。
「あなたもホッパーを閉じ込めておきたいの?」とアウロラ。
「いいや、それは違う。私はセラを連れ戻しに来ただけさ」
「彼女がそれを望んだの?」
「望んでないとでも?」
サーシャはブレードブレイズを自分の体に引きつけて左手でランスを打ち上げた。
ランスの切っ先がサーシャの肩の上にすっぽぬけ、2人の間合いが詰まる。
サーシャは軽くなった杖を放して右手で拳を握り、アウロラの腹をめがけて打ち込んだ。
「狩人だからって対人戦闘が下手だと思うな」
「でも、遅い」
アウロラは両手でサーシャの拳を押し下げた。ランスはロケットのパワーで手を離れて独りでに飛んでいく。アウロラはそれを見て「コネクト」と唱えた。
僅かに不透明な青い紐状の
サーシャはすかさず杖を取ってラピッドブレイズを空に向かって連射した。
アウロラはロケットの切れたランスをコネクトの先に吊ったまま振り回した。重心が変わってアウロラの体が不規則に振れる。落下の見越し点に飛んでいったラピッドブレイズは命中しない。
――いや、10発余りのうち1発がたまたま射線に飛び込んだホッパーに当たり、その翼を焦がした。
「ぬうッ!」それを見たアウロラが声にならない唸りを上げた。
ランスが空を割いてサーシャの頭上に降ってくる。
サーシャはそれをすれすれで避けた。ランスが地面にぶち当たって飛び散る土くれをものともせず、ランスの返しに手をかけて引っ張る。コネクトに触れて「イグナイト」と唱えた。サーシャが触れたところから赤い炎が伝播し、電流のような速さでアウロラに向かっていく。
アウロラはコネクトを解いて重力任せに落下、泥だらけになりながら受け身を取って間合いを詰め、走りざまに飛び蹴りをかました。
サーシャは掴んだランスを地面に突き立ててアウロラの蹴りを受け止め、再びブレードブレイズを生み出してランスの脇から突き出した。
アウロラは這うような低さで突きの後の振り下ろしまで躱し、泥の中に手を突っ込んでサーシャの懐に蹴り込んだ。まず突き、そして回し蹴りの連撃。
「おまえたち人間は龍を傷つける」
「貴様だって人間じゃないか」
サーシャは鎧で守りを固めているから物理的ダメージはさほど通らない。しかしアウロラの蹴りも重い。構えていなければよろめく。
アウロラはその隙に泥を掴んでサーシャの顔めがけて投げつけた。
泥は被膜のように頬から顔全体に張り付き、さらに余った分が周りに飛散した。
サーシャが顔を拭って視界を取り戻した時、アウロラはランスを取り戻してその切っ先をまっすぐサーシャに向けていた。
そこでロケットに点火しようとしたのだろう。もし点火していたらランスが腹に突き刺さっていてもおかしくなかった。
だが不発だった。龍舎に飛び乗る時に2回、龍舎から飛び出す時に2回、使い切っていたのだ。
結果、アウロラはランスを構えたまま数秒間硬直することになった。
サーシャはブレードブレイズで上下左右からランスを叩いた。打ちつける衝撃がアウロラの手を襲う。
「人間は愚かだ」サーシャは言った。「龍の――他の種族の都合など考えず、ただ利己的にそれを狩る。貴様の言う通りだ。だがそれは貴様も同じ。龍を守るという利己的感情で狩人を襲っているだけ」
「龍たちが私に言うの。助けて、狩人たちを止めてと」アウロラは防戦一方になっていた
「それが龍の利己だと言ってるのさ。種族としての利己的振る舞いだと」
アウロラは後ろに飛びのいて手を真上に掲げ、「ミスト!」と叫んだ。
すると周囲の空気が凍りついたように白み始めた。霧がかかってきたのだ。すごい魔法だ、と思ったが、それはアウロラの力ではなかった。
1頭のドラゴンが街並みすれすれに頭上を飛び去り、白いブレスを吐いていった。ドラゴンが通過すると霧は一層濃さを増した。ブレスが霧を生み出しているのだ。とすればドラゴンはアルハンゲル・ミラーだ。
アウロラは後ろに下がって霧の中に姿を消した。
またセラを連れ去るつもりか?
サーシャは大声でセラを呼んだ。
「サーシャ!」白い霧の中から返事が聞こえた。声を頼りに互いを探す。
まずシルエットが見え、顔が見えた。セラもサーシャを見つけて駆け寄ってきた。抱きつかんばかりの勢いだったけれど、目の前で急ブレーキをかけて泥の上で滑った。サーシャが泥まみれなことに気づいて躊躇したのだ。
サーシャは転びかけたセラの腕を掴んで支えた。サーシャも抱きしめたい気分だったが、我慢して肩を撫でるだけにしておいた。
「無事でよかった。セラ、あのケガは?」
「アウロラが魔法で治してくれたんです。ケガなんてまるで夢の中のことだったみたいに、綺麗さっぱり」
「そう……」
「サーシャ、アウロラは悪い人じゃありません」
「ああ、でも、だからといってのさばらせてはいけない」
「おーい、終わったのか?」龍舎の男が訊いた。
「終わったよ。逃げられた」サーシャは答えた。
「なァ、狩人さんよ、どうしてくれるんだ、建物がボロボロじゃないか。ホッパーにも逃げられちまった」
「商売が儲かってるそうだね。その金で直してもらったらどうかな」
「壊したのはあんたじゃないか」
「その原因を作ったのはあの龍姫だよ。それを追っ払ったんだから、むしろ報酬を貰ってもいいくらいだと思うけど?」
「でもよ――」
サーシャは男の言葉を遮るように杖を足元に突き立てた。泥の下に石でも埋まっていたのか、杖は「コォン!」と甲高い音を立てた。
その衝撃が手に伝わってきてジンジン痺れる。だがサーシャは真顔を崩さなかった。
男はそれ以上何も言わなかった。
20分ほど経って風が霧を押し流すと、ホッパーたちが群れをなして上空で上昇気流を掴んでいるのが見えてきた。
アウロラもアルハンゲル・ミラーもすっかり姿を消していた。乱闘や流れ弾で手傷を負ったホッパー数頭が屋根の上や路地でうずくまっていただけだった。
そして街の外でコンスタンツァと合流するまで、エイミーがいなくなっていることには気がつかなかった。
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